カーリング女子日本代表は20日行われた北京五輪の決勝でイギリスに敗れたが、平昌大会の銅メダルを上回り日本のカーリング史上過去最高成績となる銀メダルを獲得した。カーリング界の歴史を塗り替えた女子日本代表、その選手たち自身や“最大のライバル”、さらに“データ分析のスペシャリスト”に今大会を通して生まれた究極のベストシーンを選んでもらった。
“最大のライバル”が選んだBESTシーン
この記事の画像(17枚)まず取材したのは北海道銀行フォルティウスのメンバーで北京五輪日本代表の座を最後の最後まで争った最大のライバル吉村紗也香選手(30)。ロコ・ソラーレの強さを誰よりも知る日本屈指の名スキップが選んだのは、「準決勝のスイス戦」だった。
「準決勝のスイス戦ですね。スイスに予選で負けて、次の日に同じ相手と対戦ということで、気持ちを切り替えた」
この前日、予選リーグの最終戦で、スイスに敗退。ここから見事に前日に敗れたスイスを破り、史上初の決勝進出を決めた。この「気持ちの切り替え」こそが、これまで数多く対戦した吉村選手が感じたロコ・ソラーレのすごさだという。さらに吉村選手はこう続ける。
「日本代表決定戦で戦って私たちが2勝してから負けたら次がないという中で、ロコソラーレって笑顔が多いチームだと思うんですけど、流れをチームに持ってくる力があると思うので、この大会でもそういった場面が出ていたと思うので、土壇場での勝負強さというのはスゴいなと思っていました」
吉村選手が日本代表決定戦で目の当たりにしたように、笑顔を絶やさず土壇場での勝負強さを見せた準決勝でのスイス戦が吉村選手が選ぶベストシーンだった。
“データ分析のプロ”が選んだBESTシーン
その吉村選手と同じく準決勝のスイス戦をベストシーンとして挙げたのが、北海道大学の山本雅人教授だ。世界トップレベルの試合を2000試合以上集計するカーリングのデータ分析のスペシャリストだ。
そのシーンをデータで見ていくとすごさは一目瞭然だった。第8エンド終了時点で、日本は7対5と2点のリード。この時点で山本教授がデータをもとに独自に算出した日本の勝率はなんと82.3%。例えスイスに2点を取られて同点になっても最終エンドは日本が得点を奪いやすい後攻に。
しかし、互いに残り2投となった場面。ハウスの中にはスイスの黄色いストーンが4つ。山本教授によると「勝率は82.3%から54%まで落ちていた。この局面だけを見るとそこまで危ない状態になっていた」という。
残り2投の時点で相手のストーンがハウスの中に4つあると、先行の日本にとっては最大5失点もあり得る場面。そのため勝率が54%にまで下がっていたという。ここで見せたのがスキップの藤澤。相手の黄色のストーンを2つ出すミラクルショットだった。山本教授は藤澤のミラクルショットをこう分析する。
「藤澤選手の素晴らしいショットが続いていて、2つハウスから出したということが大きくて、これによって4点、5点取られる可能性がほぼ0%になったということが大きかった」
すると、山本教授が算出した勝率は68%に急上昇。さらに先攻の日本は最後の1投で、ここでも見事なダブルテイクアウトでスイスの猛攻を最少失点で凌ぐ。山本教授によると「最終的な勝率は91%を超える状態になった。藤澤選手は非常に素晴らしいショットだった」という。
一時は54%まで下がった勝率をほぼ勝利確実の91%にまで盛り返した藤澤のショット。そのすごさはデータでも証明されていた。
“メンバー本人”が選んだBESTシーン
そして、本人たちにも今大会の一番心に残っているベストシーンを聞いた。リードの吉田夕梨花(28)、セカンド鈴木夕湖(30)、サード吉田知那美(30)、スキップの藤澤五月(30)、石崎琴美(43)のメンバー5人が相談のうえ藤澤はこう挙げた。
「第3戦のデンマーク戦。最終エンドでの私の最終ショット、ダブルテイクアウトです」
本人たちが選んだベストシーンは予選リーグ第3戦のデンマーク戦だった。日本は2点を追いかける最終第10ラウンド。藤澤のラストショットは、相手のストーンを2個弾き出すダブルテイクアウトに。一気に3点を奪い、劇的勝利を収めた。
このシーンを挙げた理由について、サード吉田知那美はこう話す。
「オリンピックは1勝をあげるのがすごく難しいと覚悟して臨んだ。あの試合も普通であれば負けていたが、オリンピックというのもあって最後まで絶対に諦めたくなかった。最後の最後まで劣勢でも集中力を切らさずに形を作り続けて、最後にあのショットが回ってきてしっかり決め切れたというのは4年間の成長を感じられた。あのショットは一番印象深い」
セカンド鈴木夕湖は、喜びを隠し切れない。
「(最後のショットが決まって)私はすごいはしゃいでいた。『さっちゃんナイス』って」
藤澤五月は、こう振り返る。
「相手がショットを投げ終わった時に、私は最後決めれば3点取れるというショットとは違うショットのことを考えていた。そのときに知那が『あ、これで3点取れるよ』ととっさに言ってくれて、『あ、確かに』と思った。前の試合の中盤で同じショットを投げていたので、イメージはすごくあって、私が投げたらあとは知那がうまくコールとスイープをしてくれて、決めるだけだったので、あそこは自信を持って投げられた」
リードの吉田夕梨花は、こう続ける。
「さっちゃん(藤澤)のオーラ的にもチームの雰囲気的にも、皆それぞれの仕事を行えば、これは決まるという感じだった。さっちゃんなら今日は大丈夫だと思っていたら、本当にその通りにいったので、あれはナイスゲームだった」
リザーブの石崎琴美(43)の目にはこう映ったという。
「今大会でもキーになるような試合だったと思う。最後の最後まで劣勢に立たされた中、よく粘って最後とったなという思いがある試合だった」
「松寿し」の店主が選ぶベストシーン
そしてもう一人このデンマーク戦をベストゲームだと挙げた人がいた。彼女たちの地元・北海道北見市常呂町で寿司店「松寿し」の大将・渡辺大棋さんだ。この店実はメンバーが足しげく通い続ける行きつけの店だという。
「デンマーク戦の藤澤五月選手の最後の1投ですね。このショットは見ていてしびれましたね。まずお疲れさんと言って好きなものを食べてほしいですね」
渡辺さんのデンマーク戦を選んだことに対し、吉田夕梨花は「やっぱり大将さすが。よく見てる。よっ!大将(笑)」と声を弾ませた。
冬の新レジェンド誕生 石崎琴美
今大会でメンバーはもうひとつの歴史を塗り替えたメンバーがいる。リザーブの石崎琴美だ。スキージャンプ葛西紀明がソチ五輪で記録した41歳8カ月での銀メダル獲得を超える43歳1カ月で冬季五輪の日本最年長メダリストになった。
「不思議な感覚で、正直そんなに歳なんだと恥ずかしいのと、すごくうれしいのと半々というか。なかなか私の人生の中で記録って持っていなくて、今までカーリングを頑張ってきたが、メダルとか取れたことがなかったので、とにかくうれしい」
氷上には一度も乗らなかったが、作戦面などでチームを支えた石崎。そして日本カーリングの歴史を塗り替えた今回の銀メダル。あと一歩で届かなかった、世界の頂点。金メダルの夢は4年後のイタリアで目指す。