ろうそくを灯し…“追悼のつどい”続ける男性

1995年1月17日に起きた、阪神・淡路大震災。多くの命が失われた日の朝に行われる集いで、ろうそくの火を灯し続ける人がいる。

兵庫・伊丹市にある昆陽池公園。ボランティア団体の代表・赤松弘揮さん(53)の姿があった。

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災害の被災地支援をするほか、この場所で行われる阪神淡路大震災の「追悼のつどい」を営んででいる。追悼では、犠牲者の数と同じ6434本のろうそくを灯す。

赤松弘揮さん:
ロウソクは、亡くなられた数の命の灯をあらわしている。だから数はイコールなんです。再び命を灯す、生きてた時間を共に過ごすために灯す、ということをやっているんです

27年前、赤松さんは西宮で学習塾を経営していた。自宅が全壊する中、ある訃報に接する。それが、赤松さんの教え子だった、当時9歳の竹田誠くんだ。

教え子が命失い…あの日の光景と言葉

誠くんが亡くなったことを知り、向かった遺体安置所で、赤松さんは忘れることのできない光景を目の当たりにする。

赤松弘揮さん:
一番奥に受付があって、「(誠くんは)隣の部屋です」って言われて。その部屋の扉は、いま考えれば軽いんだけれども、当時はものすごく重たくて。扉を持って、ぐーっと開けたら、50、60のご遺体が並んでて。
お父さんお母さんに声かけたら、「見てやってください」って言われて。ご遺体がいっぱいある中に、小学校4年生の彼がいました。彼のそばにクリスマスに渡したおやつの袋が置いてあるんです。「(誠くんが)ずっとこの袋を持ってて、(おやつが)無くなっても、またお菓子を入れてたんですよ」っていう話をされたんですよね

その時、(誠くんの)家族に言われたことが、今も赤松さんの心に残っている。

赤松弘揮さん:
「何かできることありますか」って聞いた時、お父さんが「まこ(誠くん)が腐っていってんねや、ドライアイスなんとかできへんかな、先生」と言ったんです。僕もその時まで気づかなくて。亡くなった人を保存するためにドライアイスがいるんだ、それすら今ないんだっていうことが分かって。じゃあなんとかしようと

被災地をかけずり回り、できるだけ多くの犠牲者のためにドライアイスをかき集めた。この時の経験がひとつのきっかけとなり、赤松さんは活動の範囲を広げるため、ボランティア団体の代表となる。

支援と追悼…次世代につながる教訓と思い

それから27年、事務所を兼ねた自宅には、災害救援に使う道具が積まれている。

(Q.これは何に使うものですか)
赤松弘揮さん:
泥のかき出しとかに使うんです。詰まった所とか水害の時とかに。チェーンソーもあわせて5台くらいあるけどね。

時には費用を自己負担しながら、活動を続けてきた。

そして、子供たちに対しても直接、震災の教訓を伝え続けている。

赤松弘揮さん:
この先、本当なら皆さんには災害にあってほしくないと思う。でも、それがどうしても防げないかもしれない。その時に考えて動けるようにしてください

この日、中学生への講演を行った。話すだけでなく、災害への対応策を子供たち自身に考えさせる。

生徒:
(地震が起きたら)外にいたほうがいいのか?中にいたほうがいいのか?ここは安全だよっていうのを言いたい。ここ避難所になるっていう看板的なものを立てるとか

赤松さんは、生徒らが震災の悲惨さを知ることに加え、突如訪れる災害に自らが対応できるようになることを願っている。

赤松弘揮さん:
どんなことを話しても、経験しないと分からない。分からないことが当たり前だとも思う。経験していないことを理解しろって言っても、どれだけの映像を見ても、どれだけの本を読んでも、どれだけの話を聞いたって、実際の体験の状況は分からない。でもやらなきゃいけないし、伝えていかないといけないんです

そんな赤松さんの思いは、少しずつ震災を知らない子どもたちや、周りの多くの人たちに広がってきた。
5年前から、追悼のつどいで使うろうそく作りを行う伊丹市立西中学校。
赤松さんたちの活動に賛同する全国各地の人から、ろうそく作りに必要な「廃ロウ」が送られててくる。

教師:
個人でロウソクを持って来る人もいっぱいいますよ。最初は自分の学校の分を作るのが精一杯で、なんとか全校生の分を作れたというところから始まって。赤松さんが、次は他校に行こうよって言いはるから、他校の分も作り始めたんです。

6000本を超えるろうそくを、1本1本丁寧に作る生徒たち。自分たちが生まれる10年以上前に起きた震災と向き合ってきた。

生徒:
震災とかで亡くなった人って、突然地震とかが起きてしまって、もっと生きていたら、もっと思い出もあったと思う。その人の分も、今の人たちが生きられればっていう思いがあって作ってます

教え子の家族が見つめてきた赤松さん27年間の活動

毎年この時期に、赤松さんが訪ねる場所がある。教え子の竹田誠くんの実家だ。

誠くんの母親・竹田眞由美さん:
27年、本当にありがとうございます

誠くんの父親・竹田守さん:
続けることが一番難しいよ。言うのは簡単やけど、やるのは大変

竹田さんも、赤松さんの活動を27年間、見続けてきた。

誠くんの母親・竹田眞由美さん:
子どもを亡くした悲しみっていうのはすごくあるんですけど、無駄になっていないなって思うんですね。まこ(誠くん)だけでなく、亡くなられた方を、改めて生かしてくださってるんじゃないかなって。本当にそれは思います

赤松弘揮さん:
生かされて生き残された僕自身が、試されてるのかなと思うんです。これでやめる?これであなたの思いは終わりなの?と聞かれているような気もしますね。
多くの人たちの心の中に、地震で亡くなられた方々の思いがちゃんと根付いて、ろうそくでなくても、人への思いやりの気持ちを心の中に灯してくれれば。思いが通じていくのかなと思っています

(関西テレビ「報道ランナー」2022年1月14日放送)

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