鳥取・米子市にある鳥取大学医学部附属病院で、救命救急のエキスパートを目指すママさん医師が奮闘している。年齢は53歳。
人生の折返しを過ぎて、初めて救急医療に飛び込むそのワケに迫った。

「見習い救急医」として再スタート

鳥取大学医学部附属病院・救命救急センター所属・松尾紀子医師。2児の母で現在、53歳。一般的には管理職となる年代ながら、救命救急のエキスパートを目指す「見習い救急医」。

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松尾紀子医師:
医者もむいてないかなと、辞めようかなと思っていた時期もありまして

一度は医療の世界から離れるも再起、奮闘する姿に密着。
松尾さんは2021年春に着任、救命救急センター唯一の女性医師。鳥大医学部を卒業後、約20年医療に携わってきたが、救急の現場は初めてと異例の新人。

(Q.50代で救急を目指す人はいる?)
救命救急センター・本間正人センター長:

ほとんどいないと思う。だからこそ魅力的だと思う、救急の場合は来るもの拒まずで頑張ってくださいと伝えた

夜勤のこの日は、年齢がひと回り下の先輩救急医と勤務していた。

救命救急センター・松田健一医師:
お医者さんとして、すごい熱い気持ちを持っている情熱的なタイプ

松尾紀子医師:
年齢のことは考えたことがなくて、私が一番下で入っているので、全員私より先輩だと思っている

階段から転落し、頭を打った幼児の治療に。集中治療室に入る患者への対応。救命救急の現場は、オールマイティな知識・技術が求められる。

朝6時。

松尾紀子医師:
途中であまりにも眠くて、30分だけ仮眠取りました

午前11時すぎ、夜勤が終わる直前のことだった。くも膜下出血の患者が救急搬送されてきた。松尾さんも治療にあたる。

救命救急センター・吉岡早戸医師:
目線をそらさない、目線をそらすとずれるから

呼吸の止まりそうな患者に呼吸器をつなげるため、気管挿管を行う。

救命救急センター・吉岡早戸医師:
松尾先生、常に自分の手を動かす癖をつけないと。瞳孔、誰かみた?松尾先生、見て。自分で。頭かかわっているんだから、自分でやって判断して

基本的な技術はあっても、瞬時の判断が問われる救急の現場では、学ばなければならないことが山積み。

「医者としてのやりがい」を見つけた松尾医師

勤務が終わったのは午後1時過ぎだった。予定より3時間遅れの帰宅。待っていたのは長女の理々子さん(14)と次女の樺子さん(10)。娘2人の家族4人暮らしの松尾さん。久々に子どもたちと過ごす時間だ。

(Q.一緒にお茶飲むのはいつぶり?)
長女・理々子さん:

全然ない。コンビニ弁当買ってとか、カップ麺食べてで終わりですね

仕事熱心な松尾さん。ただ、かつては医師を辞めることを考えたという。

松尾紀子医師:
どこかで腰をちゃんと据えて、そこに所属して勉強したっていうのがなくて…なんとなくお医者さんらしくないなと自分で思っていた

医師としてやりたいことが見つからず、結婚を機に退職。地元・境港市で通訳の仕事をするなど、5年間全く違う分野で働いていた。

転機になったのが15年前、大学時代の先輩から紹介された倉吉市での病院勤務だった。松尾さんは今も週1回、この病院で人工透析の治療にあたっている。この経験が、救急医療を志すきっかけになった。

松尾紀子医師:
患者さんが急変した時に大きな病院に送らないといけないが、鳥取県中部は大きな病院がひとつだけしかなくて、患者さんがあまりにも集中しすぎて、負担をかけてしまうと感じた。ベストなタイミング、形で患者さんを送りたいと思った

鳥取県中部の基幹病院は、倉吉の厚生病院の1カ所のみ。患者が集中しやすく、地域の病院からの転院には限界がある。鳥取県の中でも医師の偏在化が進んでいるのが現状。

松尾さんは、救命救急という幅広い知識を身につけることで地域医療により貢献できる医師になれると考えたという。

次女・樺子さん:
大変なときは励ましてくれる

長女・理々子さん:
怒るとめちゃ怖いけど、優しい時はすごく優しい。格好良いと思う

ママさん医師・松尾さんが目指すは、「救急科専門医」の資格。3年間の救急医療への従事が必要。

松尾紀子医師:
大きな病院で専門的な治療をするよりは、隙間の空いた所を埋めていく医療をしていきたい

資格取得は最短で56歳、地域医療に一石を投じようと松尾さんは走り続ける。

(TSKさんいん中央テレビ)