SDGs持続可能な開発目標の2番目「飢餓をゼロに」。
この中には、「全ての人が安全で栄養のある食料を十分手に入れられるようにする」というターゲットも盛り込まれている。

岩手・小岩井農場は2021年に130周年。
栄養のある食料の生産へ、1世紀以上にもわたる歩みを取材した。

創業以来同じ地で農場経営に取り組む

約3,000ヘクタールの広大な土地を誇る「小岩井農場」。
農場内では約2,350頭の牛が飼育され、このうち800頭余りから日々牛乳が搾られている。

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三宅絹紗アナウンサー:
お腹が大きい牛たちもいますね

小岩井農場 資料館・野沢裕美館長:
ここの牛たちはみんな妊娠牛で、これから赤ちゃんを産むお母さん牛なんです。出産準備中です

私たちが飲む牛乳も、本来は母牛たちが子牛を育てるミルク。
その成分は栄養たっぷりで、たんぱく質・脂質・炭水化物の3大栄養素に加え、ミネラルとビタミンも含み、「準完全栄養食品」とされている。

小岩井農場で、牛1頭から1日に搾られる生乳の量は約30kg。
農場全体での生産量は年8,000トンで、1リットルの牛乳パックで780万本分に相当。

小岩井の名前は今や全国に知られているが、創業以来この地で農場経営に取り組んできた。

小岩井農場 資料館・野沢裕美館長:
この牛たちが住んでいるのは全て文化財の牛舎で、100年以上使っている牛舎です

三宅絹紗 アナウンサー:
100年!?

小岩井農場 資料館・野沢裕美館長:
はい。ずっとここでお母さんたちが出産し続けています

三宅絹紗アナウンサー:
100年ということは...

小岩井農場 資料館・野沢裕美館長:
この牛舎は明治41年(1908年)の建物なので

三宅絹紗アナウンサー:
明治、大正、昭和、平成、令和。5つの時代を過ごして...すごい!

小岩井農場の礎を築いた岩崎久彌

小岩井農場の歴史は1891年(明治24年)にさかのぼる。
創業者の小野義眞、岩崎彌之助、井上勝は、いずれも当時の政財界の重要人物たち。

明治時代は、国内でそれまでの「食」が大きく見直された時代だった。
「体位向上」をスローガンに、栄養のある食事を食べることは国策でもあった。

小岩井農場 資料館・野沢裕美 館長:
当時、日本は欧米列強に追いつこうとしていた時代で、日本人もたくさん食べて、体格をよくしなければならないと。(創業には)少しでも役に立ちたい(という思いがあった)

しかし創業当時、小岩井周辺は木もまばらな荒れ地で、作物を育てるにも厳しい環境だった。
こうした中、現在の小岩井農場への礎を築いたのは、岩崎彌之助の甥・久彌だった。

小岩井農場 資料館・野沢裕美館長:
岩崎久彌は三菱の3代目の社長です。元々、農業に関心があって、独学で勉強していた方です。小岩井農場の荒れた土地でもできる農業は何かといったときに、頭に浮かんだのが畜産だったんですね

久彌は、牛や馬を輸入し、その子どもを育てるブリーダー事業に取り組む。
そして、ちょうどこの時期、一般家庭にも普及し始めていた牛乳や乳製品の製造も始まった。

以来、小岩井農場では1世紀以上にもわたり、その歴史が続いている。

120年以上行ってきた搾乳「未来に向けてつないでいく」

農場内にある製乳工場で、チーズの製造の様子を見せてもらった。
さいて食べるチーズは、1つ1つ丁寧に手作りされている。

小岩井農場 製乳工場・川戸和浩工場長:
環境によって性状が違ってくるので、手作業で職人に近い方法で作っている

栄養満点の牛乳と乳製品の数々を作り続けてきた小岩井農場。
先人たちの息吹は、時代を重ねた今もこの地に宿り、これから先も続いていく。

小岩井農牧 辰巳俊之社長:
120年以上、毎日毎日従業員たちが搾乳を行っています。タスキをつないできたなと(と思う)。未来に向けてつないでいくのが、われわれの責任かなと感じています

(岩手めんこいテレビ)