リーダーは自分の意思や考えを言葉にするだけでなく、人を奮い立たせるために言葉を使うこともある。

現在、東京・上野の森美術館で開催中の「KING&QUEEN展 ─名画で読み解く 英国王室物語─」では、5つの王朝の王・女王たちの肖像画や肖像写真を展示しながら、イギリス王室がたどってきた物語を紹介している。

後編では、君主的な力と女性らしさを巧みに使いカリスマ性を持ち、“ヴァージン・クイーン”として君臨したエリザベス1世の演説から、“リーダー”よる言葉の重要性を早稲田大学大学院経営管理研究科の杉浦正和教授とひも解いていく。<聞き手・新美有加アナウンサー>(全2回、#1はこちら

リーダーには言葉が必要

早稲田大学大学院経営管理研究科・杉浦正和教授
早稲田大学大学院経営管理研究科・杉浦正和教授
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——イギリス王室には優れたリーダーであった王・女王もいましたが、彼らはもともとその素質を持っていたのでしょうか。

リーダーシップは生まれつきのものなのか、後から獲得できるのかというのは、さまざまな議論がありますが、両方正しいと思います。リーダーになれる素質は多かれ少なかれみんなが持っていると思いますが、素質があるからといって、うまく開花させられるとも限らない。

そのため、ある程度訓練が必要だと思います。では、どうやって訓練するか。そこで大事なのが、言葉。そもそも、リーダーの仕事とは、ビジョン・ミッション・パッションを持って、それを「伝える」こと。コミュニケーションが一番大切なのです。コミュニケーションの目的は、フォロワー(リーダーについていく人)と情報・感情を共有し、関係・信頼を構築し、そして、鼓舞することです。

エリザベス1世
エリザベス1世

当時、“無敵”と言われたスペイン艦隊をイングランド海軍が打ち破った“アルマダの海戦”においてエリザベス1世が行った「ティルベリー演説(Tilbury speech)」は、リーダーシップの演説としても非常に有名です。

エリザベス1世の生涯の前半は「ELIZABETH」(1998年)で、後半は「ELIZABETH:THE GOLDEN AGE」(2007年)の2本の映画で描かれています。白馬にまたがって行うティルベリー演説と、それに呼応する戦士たちとの「コール&レスポンス」は、後半の映画で見ることができます。

以下は、ティルベリー演説の一部です。

My loving people,

(中略)but I assure you, I do not desire to live to distrust my faithful and loving people.(中略)I am come amongst you,(中略) in the midst and heat of the battle, to live and die amongst you all; to lay down for my God, and for my kingdom, and my people, my honour and my blood, even in the dust.

I know I have the body but of a weak and feeble woman; but I have the heart and stomach of a king,(中略)I myself will take up arms, I myself will be your general, judge, and rewarder of every one of your virtues in the field.

I know already, for your forwardness you have deserved rewards and crowns; and We do assure you in a word of a prince, they shall be duly paid. (以下略)

「わが愛する民よ、

(中略)私は貴方たちにはっきり申し上げます。私は、忠実で愛する民に全幅の信頼を置いています。(中略)私は皆さんの真っただ中にやって来ました(略)戦いの熱気のまさに真っただ中に。貴方たちの中で生き、そして死ぬために。我が神、我が王国、我が民、我が名誉そして我が血のために、たとえ塵となろうとも。

私はか弱く脆い肉体の女です。が、私は王のハートを持っています。(略)私は自ら剣を持ち、私は自らが指揮官となり、審判し、報酬者となり、貴方たち全員の勇気に報います。

私はすでに報酬と栄誉に値する貴方たちの意気込みを知っています。私は王の言葉において約束します。貴方たちは正当に報われます。(以下略)」(訳・杉浦)

彼女が“アルマダの海戦”で行った演説で特筆すべき点の1つは、“assure”という言葉で始まり、そして、終わることです。この言葉は、sure(確実)にするということで、「断言する」「請け負う」「保証する」といった意味があります。

リーダーシップは「未来」にかかわります。不確実性の高い状況において、リーダーは、確たる未来を「約束」することで、鼓舞します。フォロワー(ティルベリー演説の場合は戦士)の士気を高め、チームが一致団結することで、その約束が実現されるのです。

ーービジネスシーンにおけるリーダーも、言葉の重要性に気づくことが大切ですね。王・女王の言葉はとても参考になりそうです。

そうですね。リーダーは「思い」を効果的に伝えることが必要です。そのためのコミュニケーション技法の一つとして、相手に悪い感情を抱かせず、はっきりと自分の思いを表明する「アサーティブネス」を知っておくといいと思います。相手を尊重しつつ、それでも言うことは言う。そのような状態が「アサーティブ」、そのように言うことが「アサーション」です。

アサーティブネスの前提は、「あなたは正しい+私も正しい」。相手の立場や気持ちに配慮しつつ、自分の気持ちや考えを率直に相手に伝えることです。結果としてリーダーシップも発揮され、何より自分が楽になってすべてが好循環に入ります。

アサーティブネスは、コツをいくつか覚えて日常的に使っていけば身につきます。第1に、努めて「私は」で会話を始めることです。これを「I(アイ)コミュニケーション」といいます。Iが省略される日本語では難しいのですが、「私は」から会話をはじめてみましょう。

第2に、プラス思考で解決方法を提案することが大切です。アサーティブネスは自分を主張しながら、実は相手を大切にするリーダーシップのスキルなのです。

「何を得るのか」、「なぜそうするのか」を明確にする

新美有加アナウンサー
新美有加アナウンサー

——リーダーシップを発揮する上で、最も重要なことは?

フォロワーと「前後の関係」であるリーダーが重視すべきことは「前」にある「ゴール」です。ゴールがあるから、フォロワーたちの足並みは揃い、意欲が高まり、奮起させることができます。

同じ「目的」と訳されますが「ゴール」と「パーポス」は違います。ゴールは「なにを得ようとしているか(what)」。それに対して「なぜそうするのか(why)」がパーポス(目的)です。

エリザベス1世が行ったティルベリー演説は、まさにそれらが明確に示されています。自分は何のためにここにやって来たのか、それは「皆の中で生き、死ぬため」。そして何が目的なのか、それは「戦いに勝つこと」。

ゴールについては高いほうがやる気が起きるのか、低い方が安心してトライできるのかは、それは人によって違います。けれども「明快であればあるほど良い」という一点においては変わりません。

ゴールを明快にする際の指針は「目標の書き方はスマート(SMART)に」と言われます。目標を明確に表現するためには、目標設定はS・M・A・R・Tの5つの文字で始まる要素をガイドラインにすると良いということです。

5つの要素とは、それぞれの頭文字が何をあらわすかは諸説あるのですが、Specific(具体的に)、Measurable(測定可能な)、Achievable(達成可能な)、Related(関連のある)、Time-bound(期限が示された)。

エリザベス1世の言葉のなかでは「私は自らが指揮官となり、審判し、報酬者となり、貴方たち全員の勇気に報います(I myself will be your general, judge and rewarder of every one of your virtues in the field.)」という点が、非常に興味深いです。単に「がんばれ」と言っているのではなくて、自分がこの目で具体的に見届けて達成度合いを測定して判断する(judge)と言っているからです。

ですから、最後の「私はすでに報酬と栄誉に値する貴方たちの意気込みを知っています。私は王の言葉において約束します。貴方たちは『正当』に報われます(I know already , for your forwardness you have deserved rewards and crowns ; and We do assure you in the word of a prince, they shall be duly paid you.)」という言葉が効いてくるのです。

画面越しでもリーダーシップは発揮できる

——コロナ禍の中、テレワークを導入しているビジネスマンも多くいます。これまでとは違う環境で、フォロワーを先導し、鼓舞していくためには、具体的にどのようなリーダーシップを発揮するとよいでしょうか?

今年に入り、世界全体が予期しなかった形で多くの人が「テレ」を経験しましたが、「テレでもできること」、むしろ「テレだからこそできる」ことがあることもわかってきました。

まず、「伝える」ということにおいては、zoomなどを活用して伝えることができます。

そして、テレワークは、場所の制限を取っ払いました。遠方の人が参加でき、会議室などの場所の予約も必要なくなりました。「わざわざ集まる」会議では、せっかく集まるのでできるだけ多くの議題を入れる必要がありましたが、遠隔会議では、「せっかく」のコストが事実上ゼロに近いのですから、アジェンダの数を減らして、むしろ「ちょくちょく開催する」「必要に応じてさっと開く」ことが効果的だと思います。

また、社内の地位が高い人からそうでない人まで、顔が写っている画面のサイズが同一であり、場所も固定されていません。

いわば「スーパーフラット」です。もし皆さんが王や女王と zoom会議を行ったら、現時点での設定は「同じサイズ」なのです。このような環境から、遠隔会議を通して、無意識のうちに新しい世界観が生まれていると私は考えています。

“運のいい”リーダーになるために

——不確実性が高く、変化のスピードが速い、ビジネス環境にいる現代のリーダーが大切にすべきことはなんでしょうか?

現代の経営環境を語るときにしばしば耳にする言葉に、VUCA(ブーカ)があります。振れ幅としてのリスクの意味にも近いこの言葉は、次の4つの言葉の頭文字を並べたものです。 

1つ目はVolatilityで、変動性。新しい技術が次々に生まれ、主流だったものもすぐに衰退してしまうことです。2つ目はUncertaintyで、不確実性。経済も政治もまったく予想できなかったことが起きることです。

3つ目はComplexityで複雑性。グローバル化によっていろいろな物事が相互に絡み合うようになりました。4つ目はAmbiguityで曖昧性。国や業界の境界線がなくなって曖昧になっていきます。

経営環境がVUCAだということは、とりもなおさず、一人ひとりの人生もVUCAの真っ只中にあるということです。新型コロナは、まさにVUCAが同時に起きたということです。

そのような中にあって、私はリーダーの役目は自らの「運」をよくすることだと思っています。誰だって、運の良い人について行きたいですから。リーダーの運は、フォロワーの運でもあるからです。

私は運を2つに分けています。1つ目は、自分の力の及ばないもので「宿命」と「偶然」。もう1つは、自分の力が及ぶもので「機会」と「確率」。優れたリーダーは、自分の力の及ばない事柄については受け容れ、自分の力の及ぶものについてはベストを尽くします。つまり、リーダーとは「フォーチュン・メーカー」なのです。

機会を増やすことは「打席」の数を増やすこと。確率を高めることは「打率」を上げること。それらは、努力と練習で、上げていくことができます。そうすれば、その積み重ねで、人生の拓き方は全く変わっていくのです。

【#1】リーダーは“人が自然とついてくる”イギリス王室から読み解くリーダーシップ論

「KING&QUEEN展 ─名画で読み解く 英国王室物語─」
2021年1月11日(月・祝)まで東京・上野の森美術館にて開催中
※新型コロナウイルスの感染予防・拡散防止のため、日時指定制を導入
会場で当日券の販売も行っているため、詳細は公式HPをご確認ください。
https://www.kingandqueen.jp

文:浦本真梨子

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。