81年前の富山大空襲で使用されたアメリカ軍のB29爆撃機の機体の一部が、去年、秋田県で発見されたのをご存じでしょうか。
4日に、機体を発見した探検家が来県し、富山の戦争にまつわる史跡を巡りました。
秋田市在住の探検家で作家の高橋大輔さんです。
4日の朝、81年前の富山大空襲でアメリカ軍による爆撃の中心点とされた富山城址東南の角を訪れました。
*探検家・作家 高橋大輔さん
「集落や街を焼いてしまう空襲がここが中心だったんだなと衝撃というか実感が、こんな中心市街地だったんだという驚きがある」
高橋さんは去年6月、秋田県男鹿市の山中であるものを発見。それは81年前の大空襲で富山上空に飛来し、焼夷弾を投下したアメリカ軍の爆撃機「B29」でした。
終戦から2週間後の1945年8月28日、秋田県内の捕虜収容所に救援物資を運ぶため飛行していた機体は、霧で視界を失い墜落。
事故の後、機体の大半は回収されましたが、80年経った去年、高橋さんが機体の一部を発見し、その後の調べで、B29の機体の中ほどにある主軸の一つであることがわかりました。
高橋さんによると、その機体は富山を含む全国9つの都市に少なくとも10回出撃していたということです。
今回、高橋さんは富山大空襲を語り継ぐ会の案内で、県内の戦争の史跡を巡ることになっていました。
*探検家・作家 高橋大輔さん
「秋田の人もB29が自分たちを攻撃したわけではないので、B29は戦争後の平和の時代の第一歩という意識がある。全体像を見ないと我々も戦争の遺物を理解できない。その第一歩としてきた」
続いて高橋さん一行が向かったのは、南砺市城端です。
丘の上に今も残るのは、監的壕と呼ばれるコンクリート製の重厚な建物。
周辺の立野原ではかつて陸軍の実弾射撃訓練が行われ、この建物は砲弾の命中率や性能を近くで観察するために利用されていました。
いまも残る貴重な戦争遺跡です。
*探検家・作家 高橋大輔さん
「大砲を撃って着弾するのをここから見るという役目をしていたが、木の間からも十分感じられた。モノが戦争があった証拠であり、後世に伝わっていくことで自分の目と手で触れたり五感で感じられる歴史というか貴重だと思う」
その後、富山市の護國神社に保管される戦争の遺品を見学し、モノが持つ「歴史の証人」としての役割を再認識した高橋さん。
現在、自身が保管しているB29の部品について、今後、富山県内での展示の要請があれば協力したいと語りました。
*探検家・作家 高橋大輔さん
「空襲を受けた方々にとって、秋田に落ちている機体は違う意味があり、それぞれの地域の人が見て思いがあると思う。(見つかったB29を)空襲を受けた人の共有財産みたいなことで考えていければ」
