85年ほど前陸軍目達原飛行場建設に伴い取り壊され改葬された上峰町の古墳群の調査がこのほど始まり、その様子が報道陣に公開されました。
【リポーター】
「こちらの公園では戦時中、飛行場建設に伴い改葬された古墳群の調査が進められています」
調査が行われているのは上峰町の古墳公園に隣接する目達原古墳群です。
約85年前、戦時中に旧陸軍の目達原飛行場建設のため一度取り壊されましたが地域住民などの声を受け主要な5つの古墳が当時の7分の1のサイズで復元されました。
町の教育委員会によりますと古墳がこのように改葬されるケースは全国で数例しかなく、その歴史的価値を広めようと町は9月から発掘調査を始めました。
【上峰町教育委員会文化課 吉岡暁主事】
「互い違いに溝を掘ってそれによってこの改葬墳丘がどのように作られたかを調べると」
発掘調査はひとつの古墳ずつ、3週間前後かけて行われていて、この日は「塚山」の調査が公開されました。
発掘された箱の中には崩れてしまった木箱の破片や金属片、土器のかけらのようなものが見て取れます。
【上峰町教育委員会文化課 吉岡暁主事】
「中身がいっぱい詰まっているのでその圧力、モノが広がろうとする力によって内側から崩れてしまっているのかなという印象を受ける」
古墳が作られた当時の様子を解明することにつながる貴重な史料でもあることから出土品は取り出さず発掘時の様子を記録に残そうと様々な角度から写真が撮られていました。
一方、その隣の瓢箪塚からは木箱がひとつ、原型を保ったまま発掘されました。
その中身は・・・。
【上峰町教育委員会文化課 吉岡暁主事】
「元々の古墳の付近の土、清浄な土と朱が付着した丸い石。この中に入っているのがどれとは特定できませんけど御霊代であろうと思われます」
今回の調査について教育委員会の担当者は「記録通りに当時の品が発掘され、それを現代で検討できるのは非常に意義がある」と話します。
【上峰町教育委員会文化課 吉岡暁主事】
「説としてですが米多という地名が古くからこの地にあって現代でも米多浮立という名前で使われて、地区の名前としても米多というのは現代でも使われているのでどれぐらい昔からあったかということを知るきっかけに今回の調査がなったらいいのかなと」
発掘調査は11月末までの完了を目指しています。
発掘されたものは専門家の調査の後、展示も検討しているということです。
