『餃子の王将』の運営会社社長が2013年に射殺された事件の判決公判が、2026年10月16日に開かれ、殺人などの罪に問われた特定危険指定暴力団・工藤会系組幹部の男に無罪が言い渡された。
これまでの公判で証言を拒否していた組幹部の男が、今回、裁判を前にはじめて手紙を寄せ、事件に“秘め事と暗部”があることを示唆した。
便箋5枚に綴られていたこととは?
▼田中幸雄被告からの手紙 ※提供:週刊文春編集部
「これまでにも数社の記者の方々からお手紙や連絡を頂戴しておりますが、全てにおいてお断り、または無視いたしています。今回このようにメディアの方に返事を書くこと自体が初めてのことなんです」

便箋5枚にしたためられた手紙。差出人は、福岡県に拠点を置く特定危険指定暴力団・工藤会『石田組』幹部の田中幸雄被告(59)だ。

13年前の2013年12月19日早朝、京都市山科区で起きた“王将社長殺人事件”。

田中被告は、何者かと共謀し、王将フードサービスの当時の社長、大東隆行さん(当時・72)を射殺した罪に問われていた。

「公判を傍聴してるときから感じてたんですけど、何かしら納得がいってないものがあるんじゃないかな」と話すのは『王将社長殺害事件』の真相を追い続けている『週刊文春』の西岡研介記者だ。

“納得がいってないものがあるのでは…”と感じた西岡記者は、京都拘置所に勾留されている田中被告へ手紙を送り、取材を申し込んだ。

すると2026年7月、田中被告から返信があったという。

▼田中幸雄被告からの手紙 ※提供:週刊文春編集部
「まずは、私の今の立ち位置をお分かり頂くために、少しだけご説明申し上げます。現在、私はゼネコンの大林組銃撃事件にて懲役10年の刑に処せられ受刑中の身でありながら、餃子の王将社長殺害事件で被告人となり余罪受刑者として日々、独房にて作業に従事していますー。

「私の場合は任侠道に邁進する旨を申し出ておりますので、親族以外の者との面会、及び信書の発信は出来ないのです。悪しからずです。今回は、施設長に願い出て、今回に限り許可を得て返信を認めています」

手紙を受け取った西岡記者は「字体が極めて繊細で、この人、やっぱり『繊細な人なんやな』っていう印象は受けました」と田中被告の印象を語った。

「任侠道に邁進するということは、彼のなかには明らかに、ヤクザ組織のなかに任侠道が存在すると彼自身は思っているんですよね。そこに進むんやと。そういうふうに生きていくんやと。工藤会系石田組のなかで、これからも生きていくと。石田組員として生きていくということは、間違いなくそれは、組織を守るんですよね」(週刊文春 西岡研介記者)

逮捕は『王将事件』発生の9年後
田中被告は、東京の有名私立大学を中退後、サラリーマンを経て33歳で工藤会『石田組』に加入。

2003年には、みかじめ料を巡って福岡市東区のパチンコ店にトラックで突入する事件を起こし、逮捕された。そしてこれ以降、田中被告は銃を使用した事件に関わっていくことになる。

2008年1月、田中被告は福岡市博多区の路上で暴力団排除を進める大手ゼネコン『大林組』の社員が乗った車に拳銃を発砲。

西岡記者は「(どんな人物?) やっぱり当然、社会の善悪の区別がついて、ついてるはずの33歳でヤクザになるので、やっぱりそれはそれなりの考え方がないとならないと思いますよ」と田中被告の人物像について語った。

「組織のためなら喜んで、ヤクザ用語で言うところの“ジギリをかける” (組織のために服役する)っていう、そういうことができる人だなっていう、実行力。やっぱり準備する周到な能力っていうのは極めて高い。大林組の襲撃事件で、その時も逃走用のバイクを事前に用意したり、共犯者に対して『これ、ケガさせたらあきませんから、自分がやります』と申し出たっちゅう話もあります。あの事件では、社員3人、車に乗ってたんですけれど、全くケガ人なしで、バンパーとヘッドライトだけを4発、全て命中させている」(週刊文春 西岡研介記者)

この事件から5年後の2013年に『王将社長射殺事件』が発生。そして田中被告は、事件発生から9年後の2022年10月、京都府警に逮捕されたのだ。
※VOL.2へ続く。
(テレビ西日本)

