中国で2026年10月1日、改正国防動員法が施行された。
2010年に制定された同法を改正したもので、国防上の必要性に応じて民間の人員、物資、設備、技術などを活用する仕組みを整備し、平時から有事への移行に備えることが柱となる。
日本企業にとって重要なのは、中国で事業を展開する際、通常の市場競争や経営環境だけでなく、国家の安全保障政策によって事業運営が左右される可能性も考慮する必要があるという点だ。
ただし、改正法の施行によって、日本企業の資産が直ちに接収されたり、すべての企業が軍事目的への協力を求められたりするわけではない。法令が定める義務と、将来起こり得るリスクを区別して理解することが重要である。
民間企業の資源を国防に活用する仕組み
改正法の基本的な考え方は、経済や社会が持つ力を国防力に転換できる体制を整えることにある。
中国政府は、国防動員を国家の主権や安全などへの脅威に対応し、平時から戦時への迅速な移行を可能にする活動と位置付けている。
注目すべき点の一つは、国防動員に関係するデータの収集・利用を制度化し、先端技術や新たな分野の活用を推進していることである。企業が保有する技術や設備、生産能力、物流網などが、国防上の必要性との関係で重要になる可能性がある。
また、国防動員に必要な物資の備蓄・利用や、軍需品の研究開発、生産、修理を支える体制も定められている。さらに、国防動員の実施が決定された後、備蓄物資で需要を満たせない場合には、地方政府が法律に基づいて民間の資源を収用・徴用できる。対象となる民用資源には、施設、設備、輸送手段、場所などが含まれる。
ここで重要なのは、法律上、資源の収用・徴用には国防動員の実施など所定の条件があることだ。平時からすべての民間企業の設備が自由に使用されるという意味ではない。
一方、対象となる状況では、企業側が協力を求められる可能性を排除できない。
日本企業が直面し得る五つのリスク
第一は、生産設備や物流網の利用に関するリスクである。中国国内に工場、倉庫、車両、輸送設備などを保有する企業は、国防上の必要性が高まった場合、資源の利用や供給に関する要請によって通常の事業計画を変更せざるを得なくなる可能性がある。
特に、特定地域の工場や物流拠点に生産を集中させている企業は、影響を受けやすい。
第二は、技術やデータの管理に関するリスクである。製造技術、設計情報、ソフトウエア、生産能力に関する情報などは、企業の競争力を支える重要な資産だ。
改正法がデータの収集・利用や先端技術の活用を重視していることを踏まえれば、企業はどの情報を中国国内で保有し、誰がアクセスできるのかを慎重に管理する必要がある。
ただし、改正法だけを根拠に、すべての企業データが軍事目的に提供されると断定することはできない。
第三は、従業員の確保と事業継続に関するリスクである。
改正法は、国防動員の実施後における国防勤務や、対象となる専門人員の動員について規定している。また、交通、通信、エネルギー、医療、建設などの分野に関係する事業者には、国防勤務に関する規定がある。
企業によっては、人員の確保や業務の優先順位に影響が生じ、通常の生産・サービス提供を維持することが難しくなる可能性がある。
第四は、部品・原材料の調達や供給網の混乱である。
国防上の必要性から特定の物資や輸送能力が優先的に利用されれば、民間企業向けの供給や輸送に遅れが生じる可能性がある。中国で製造した製品を日本や第三国に輸出する企業だけでなく、中国から部品や素材を調達する企業も影響を受け得る。
第五は、地政学的緊張の高まりに伴う複合的なリスクである。
台湾海峡などをめぐって緊張が高まれば、国防動員法に基づく措置の可能性だけでなく、物流の停滞、輸出入規制、決済や取引の制約、従業員の安全確保など、複数の問題が同時に発生するおそれがある。
法律の施行そのものが有事の発生を意味するわけではないが、企業は平時とは異なる環境も想定しておく必要がある。
日本企業に求められる四つの対策
第一に、中国事業への依存度を把握することである。
工場や販売拠点の所在地だけでなく、重要部品の調達先、代替生産拠点、物流経路、現地でしか利用できない設備やサービスを洗い出す必要がある。特定の拠点が停止した場合、どの製品の供給が滞り、どの程度の期間で代替できるかを確認しておくことが重要だ。
第二に、技術・データへのアクセスを管理することである。
設計図面、製造条件、ソフトウエア、顧客情報などを重要度に応じて分類し、アクセス権限を必要最小限にする。
中国拠点で保管する情報と、日本など国外で管理する情報を整理し、バックアップやシステム復旧の手順も整えておきたい。ただし、データの国外移転には中国のデータ関連法令などが関係するため、単純にすべての情報を国外へ移せばよいわけではない。
第三に、事業継続計画を具体化することである。工場の操業停止、従業員の出勤制限、物流の寸断、重要資材の不足などを想定し、代替調達先や生産拠点、在庫の確保、従業員の安全な退避手順を検討する。
計画を文書にまとめるだけでなく、経営陣や現地拠点を交えた訓練を行い、実際に機能するかを確認することが欠かせない。
第四に、法令の動向を継続的に確認することである。
改正国防動員法の関連規則や具体的な運用に加え、輸出管理、データ保護、反スパイなどの関連法令についても、現地の専門家と連携しながら確認する。行政機関から要請を受けた場合に備え、社内の報告・判断経路を明確にし、現地法令の遵守と日本本社によるリスク管理を両立させることが求められる。
中国事業の継続とリスク管理を両立する
改正国防動員法の施行を受け、日本企業は直ちに脱中国を強化するべきだと結論付けるのは適切ではない。
中国市場は依然として重要な販売先であり、生産や研究開発の拠点でもある。撤退には大きな費用がかかり、現地事業の縮小が競争力の低下につながる場合もある。
一方、中国事業の収益性だけを重視し、設備、技術、人材、調達先を一つの国や地域に集中させることにもリスクがある。重要なのは、中国で事業を続けるか否かという二者択一ではなく、何を中国に残し、何を分散し、どのような事態に備えるかを具体的に判断することだ。
改正国防動員法は、日本企業に対し、海外事業を経済合理性だけで評価するのではなく、国家の安全保障政策が事業活動に及ぼす影響も踏まえて経営判断を行う必要性を改めて示している。
法令の実際の運用を冷静に見極めながら、技術とデータの保護、供給網の多様化、事業継続体制の整備を進めることが、中国事業の安定と企業全体の競争力を守る鍵となる。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

