東日本大震災の津波で児童・教職員84人が犠牲になった宮城県の大川小学校の卒業生・只野哲也さんが、8月30日、南海トラフ地震で津波が想定されている高知県黒潮町を訪れました。全国各地で災害が相次ぐ今、只野さんが伝えた思いとは…。
只野哲也さん
「当時小学3年生の妹の未捺を亡くして、母親とおじいさんを津波で亡くす経験をしています」
宮城県石巻市在住の只野哲也さん・27歳。東日本大震災の発生当時、大川小学校5年生でした。この日は当時の体験を伝えるため高知県を訪れました。
只野さんが訪ねたのは太平洋に面する町・黒潮町。今後、発生が見込まれる南海トラフ地震で最大34.4mの津波が想定されています。
只野さんは4年前にも黒潮町を訪れていて、震災後、町内に整備された津波避難タワーを見学していました。
只野哲也さん
「バリアフリーのスロープが階段と一緒にあって、仕切られた部屋がある。これから自分たちも学ばなければいけない。東日本大震災があって終わりではない」
今回は町から招かれ防災のシンポジウムに登壇した只野さん。15年前の体験について語りました。
只野哲也さん
「津波というのはただ大きい波がザバーンと来るだけではなく、木、家、車、人、家畜、いろんなものを飲み込んで、真っ黒い塊になって壁になって襲ってくるのが津波」
東北一の大河・北上川の河口から約4kmの場所にある石巻市立大川小学校。震災の津波に見舞われ、児童74人、教職員10人が犠牲となりました。
只野さんは津波にのまれながら奇跡的に助かりましたが、当時3年生だった妹の未捺さんを失い、母と祖父も亡くしました。
津波の際の避難場所が事前に定められていなかった大川小学校。児童は教員の指示で約50分校庭に待機した後、小高い丘へと移動を始めてまもなく津波に遭いました。
只野哲也さん
「1000年に一度の大災害だから仕方ないって言われることがよくありました。でも大川小学校で亡くなった命というのは、自然災害、天災による犠牲ではなくて、人災だということを皆さんにしっかり伝えたいと思います」
只野さんは2022年、他の卒業生などとともに、「Team大川 未来を拓くネットワーク」という団体を立ち上げました。
そして2024年には大川小学校の近くに活動拠点となるコンテナハウスを設置。定期的な語り部活動のほか、お盆には灯籠をともす催しなどを開催しています。
その原動力となっているのは大川地区に再びコミュニティーを生み出したいという思いです。
只野哲也さん
「悲劇の大川小学校、防災の象徴と言われることが多々あるけど、僕は安心安全の象徴として大川小学校を未来に残していきたい。子どもたちの笑い声・笑顔があふれる場所を、僕は大川小学校にまた仲間たちと皆さんと一緒につくっていきたい」
全国では2026年も熊本地震や各地での豪雨など災害が相次いでいます。
南海トラフ地震で巨大な津波が想定されている黒潮町の住民に向けて、只野さんは、自身が考える命を守るために大切なことを語りました。
只野哲也さん
「キーワードをまとめてきました。それは気づくこと、考えること、判断すること、最後に行動に移すこと。有事の際だけでなく平時からできているか、もう一度皆さんと一緒に考えていきたい」
命を守るために大切なのは、危険性に気づき、考えたうえで必要な判断を下し行動に移すこと。平常時からその心構えが必要と只野さんは伝えました。
黒潮町民
「自分たちの判断ミスで命を落とさないようにするためにはどうしなければいけないのか、(その考え方が)自分の中で生まれたところが一番の学びだと思う」
「一人ではなかなか逃げられないし、人と一緒に助かって、それからまた命をつないでいくことを考えられたら」
只野哲也さん
「被災を経験していないうちから被災地から学んで、どう自分の地域に落とし込むかというところは、すごく感銘を受けた。すごく満ち足りたすてきな時間だったと思っています」
いざという時判断できる力を日頃から身に着けてもらいたい。只野さんはそう願いながら、体験を伝え続けています。
