岩手という県名の由来として、盛岡市にある三ツ石神社の「鬼の手形」伝説が広く知られている。しかし、地名の起源を探ると、別の伝承や火山の営みにまつわる興味深い説も存在する。県内各地の地名を調査している宍戸敦さんの解説を通し、地域の歴史と大地の記憶が息づく地名のルーツを紐解く。
盛岡市の三ツ石神社には「岩手」の由来となった鬼の手形の伝説がある。
長年にわたり県内各地の地名を調査している宍戸敦さんによると、「悪さをした鬼が『今後悪さをしない』という証に、岩に手形を押したことによって『岩手』の始まりとされている」という。
実はこの伝説のほかにも『岩手』の由来がいくつかあるという。
宍戸敦さんは、「岩手という地名は10世紀半ば頃(950年前後・平安時代中期)になって岩手郡という郡名が出てくる。そのことから岩手という地名が生まれたのは10世紀半ば頃の前後と考えられる。岩手という地名の一丁目一番地は、岩手郡のエリアと考えるのが一般的だ」と説明した。
岩手県の由来となった伝説はさらにもう一つある。
盛岡市と八幡平市の境界付近には「岩手森」と呼ばれる森が存在する。岩手森を進んだ頂上には、大人の背丈を超える巨大な岩が突き出ている。
宍戸さんによると、平安時代初期、征夷大将軍の坂上田村麻呂が東北地方の蝦夷を討伐するため岩手郡へ進軍した際、田村麻呂の愛馬が小高い山を駆け登ろうとして滑り落ちた。家来が山を登って確認したところ、山中に蝦夷が潜伏していることが判明した。両者は戦いとなったが、蝦夷軍は降参の印にこの小高い山の岩に手形を押したことが岩手という地名の由来になったという伝説が残されているという。
また、岩手森にある巨岩には、伝説のほかに地形にまつわる起源も存在する。
宍戸敦さん
「この岩の塊は、岩手山から流れてきた“流れ山”の一部と考えられている。縄文時代に岩手山が大規模な山崩れを起こし、大量の土砂と岩が現在の西根方面へ大きく流れ落ちた。長い年月の間に風雨で流され、奇怪な形状の巨岩が残された。ゴツゴツとした岩を見て、岩が出ているという意味の“岩出”から“岩手”という地名になったのではないかという説を唱える人もいる」
さらに全国各地を見渡すと、石川県金沢市岩出町、和歌山県岩出市、福島県いわき市小名浜岩出、茨城県常陸太田市岩手町、千葉県君津市岩出など、「岩手」や「岩出」が付く地名が多数存在する。これらの土地は、人目を引く巨大な岩や目立つ岩が存在することが共通しているという。
宍戸さんは「岩手山から流れた巨岩が各地に点在していたことから、『岩出』が転じて『岩手』という地名へ発展していったと考えられる」と話す。
県のシンボルである岩手山がもたらした地形と悠久の歴史は、今も地名の中に刻み込まれている。
その由来を知ることで、いつもの景色が少し特別に見えてくる。
