マイページ
リリー・フランキー大分の母校で振り返る青春時代「好きな子のため勉強を頑張った」初めての一人暮らしと恩師との思い出|FNNプライムオンライン

リリー・フランキー大分の母校で振り返る青春時代「好きな子のため勉強を頑張った」初めての一人暮らしと恩師との思い出

Google ニュース プリファードソース

リリー・フランキーと見取り図リリーが、特別番組「リリーとリリー ~大分アート旅~」で共演した。

芸術系の学校に通うため大分へ移り、青春時代を過ごした“2人のリリー”が、県内のアートやそれぞれの思い出の場所を巡った。

15歳で親元を離れ大分へ

旅の出発点となった別府市美術館でリリー・フランキーは15歳から始めた大分での生活を振り返った。

通っていたのは、大分県立緑丘高校。当時、校舎は別府市にあり、現在の別府市美術館が建つ場所にあったという。

見取り図リリーが「大分の青春時代はどんな感じだったんですか」と尋ねる。

ーーリリー・フランキー
「いきなり15歳で一人暮らしになるんですよ」

高校進学と同時に福岡を離れ、別府市で下宿生活を始めた。しかし、初めて親元を離れた高校生活は、順調なことばかりではなかったようだ。

当時の高校
当時の高校
この記事の画像(5枚)

朝起きられず欠席が増える

一人暮らしを始めたリリー・フランキーが抱えた問題、それは朝起こしてくれる人がいなかったというものだ。

ーーリリー・フランキー
「オカンが朝起こしてくれないんですよね。起きれなくて。1年の時とか欠席が多いんですよ」

見取り図リリーが耳を傾ける中、当時の自身についてこう表現した。

「いわゆる一人暮らしした男の子が、なんか転落していく様子というか」

高校1年生の頃は、思うように学校へ通えない日が続いたという。

15才での一人暮らし
15才での一人暮らし

変化のきっかけは「下宿まで起こしに来た担任教師」

転機が訪れたのは、2年生になってからだった。

「2年になったらムラカミ先生っていう女性の先生になって、その先生が起こしに来るようになって」

予想外の展開に、見取り図リリーは「ええ?」と声を上げた。

いくら今とは時代が違うと言えど自宅まで起こしにくる教師というのは珍しいだろう。さらにそれだけではなく、リリー・フランキーを連れて一緒に学校へ向かっていという。

「2時間目ぐらいにムラカミ先生に手を引かれて、こうやってクラスからみんなが見て笑ってるみたいな」

「優しい先生ですね」と話す見取り図リリーに、リリー・フランキーも「優しい先生」と振り返った。

担任の支えによって学校へ通うようになると、高校生活にも新たな変化が訪れた。

ーーリリー・フランキー
「・・好きな子ができたんですよ」

そして、好きな子ができたことをきっかけに変化が起きた。

「恥ずかしくないように、ちょっと勉強しようと思って」

学校へ行くようになり、勉強にも向き合うようになったことは、その後の大学進学にもつながった。

もともと福岡から大分への進学を選んだ背景には、子どもの頃から抱いていた美術への思いがあった。

「家でずっと絵を描いてる子どもだったし、このまま地元の高校に行ってもなんか面白くないなと思って」

参考書の裏で緑丘高校を知り、公立の芸術系高校であることから、大分への進学を決めた。

高校時代はキラキラしていた
高校時代はキラキラしていた

母校でよみがえる青春時代

旅では、見取り図リリーとともに、現在の緑丘高校と大分県立芸術文化短期大学がある敷地を訪れた。

はじめての一人暮らし、下宿まで迎えに来た恩師、学校へ足を運ぶようになったきっかけ。久しぶりの大分で、2人の懐かしい記憶が蘇る。

母校に凱旋
母校に凱旋
  • 1
  • 2
関連記事
テレビ大分の他の記事
春の高校バレー大分県大会決勝 男女ともにライバル対決に 全国の切符掴んだのは… 大分
春の高校バレー大分県大会決勝 男女ともにライバル対決に 全国の切符掴んだのは… 大分
スポーツ
宇佐神宮では国の祭祀 栄えた奈良時代 当時の衣装で約250人が練り歩き 古代宇佐時代祭 大分
宇佐神宮では国の祭祀 栄えた奈良時代 当時の衣装で約250人が練り歩き 古代宇佐時代祭 大分
都道府県
住民投票を経て 市役所の新庁舎が完成で落成式 港の埋め立て地に 大分県津久見市
住民投票を経て 市役所の新庁舎が完成で落成式 港の埋め立て地に 大分県津久見市
都道府県
塗装業者が高校の部室棟の壁塗る ボランティア活動「いいいろ塗装の日」大分
塗装業者が高校の部室棟の壁塗る ボランティア活動「いいいろ塗装の日」大分
都道府県
一覧ページへ
テレビ大分
テレビ大分

大分の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。

×