長野県諏訪市在住の報道写真家・石川文洋さんが8月23日、亡くなりました。過去の番組から、石川さんの功績や人柄をたどります。(肩書、年齢、名称などは掲載当時のまま)
※NBSフォーカス信州「伝え続ける ―86歳の戦場カメラマン―」(2024年5月24日放送)より(全3回の記事その3)
ベトナム戦争の終結から約50年が経過し、現地では経済発展とともに戦争の記憶が薄れつつある。しかし、アメリカ軍が散布した枯れ葉剤による影響は、今なお子どもたちに障害となって残っている。日本の学生たちが現地を訪れ、被害の現場や同世代の学生との交流を通して戦争の真実と平和の意味を学んだ。86歳の戦場カメラマン・石川文洋さんの言葉とともに、今も続く戦争の爪痕と日常の平穏を保つ重要性を伝える。
■世代を超えて続く枯れ葉剤の爪痕
1986年の「ドイモイ(刷新)政策」以降、ベトナムは急速な経済成長を遂げた。街を埋め尽くすバイクの波は発展の象徴であり、時代の変化とともに戦争の記憶は風化しつつある。しかし、今なお深い傷痕を残す場所がある。
ホーチミン市のツーズー病院内にある「平和村」では、ベトナム戦争時に散布された枯れ葉剤の影響とみられる障害を抱えた子どもたちが暮らしている。アメリカ軍が使用した枯れ葉剤には猛毒のダイオキシンが含まれており、人々の生殖機能に悪影響を及ぼした。戦後約50年が経過した現在も、孫やひ孫の世代に重い障害となって表れている。
■現地での触れ合いで見えた真実
現地を訪れた日本の学生たちは、障害と向き合う子どもたちとの交流を通して現実を体感した。
高校の社会科教師を目指す大学生の女性は、もどかしそうに声を上げる子どもの姿に触れ「今も戦争の被害が続いているのだと実感した。正しい知識を幅広い視点から子どもたちに伝えたい」と語った。
同じく教師志望の大学生の男性も、当初抱いていた、子どもたちへの哀れみなどの負の感情が、前向きに生きる彼らの姿によって覆されたと明かし「教師としての役割や教えるべき価値観が自分の中に増えた」と振り返った。
■同世代との交流が拓く平和への道
ベトナム滞在中、学生たちは現地の大学で日本語を学ぶ同世代の若者とも交流を深めた。
ホーチミン市の大学生とは戦争証跡博物館の見学や食事を共にし、ダナン市の外国語大学では沖縄伝統のエイサー太鼓を披露した。
共にかつて戦場となった国の学生たちと、将来の夢や結婚観といった等身大の会話を交わした女性は「同じ学生として笑顔で話せたことが嬉しかった。現地の人々とつながりを持つことが、その国のニュースや歴史に自発的な関心を持つ第一歩であり、平和への一番の近道になる」と手応えを語った。
■86歳カメラマンが語る平和の価値
長年にわたりベトナム戦争取材を続けてきた86歳の戦場カメラマン・石川文洋(いしかわ・ぶんよう)さんは「枯れ葉剤や原爆の開発に携わったのは優秀な大人たちだ。その影響が子どもに表れている。大人は反省しなければならない」と指摘する。
現在も世界各地で紛争が相次ぎ、日本国内でも防衛費の増額や基地問題が議論される中、石川さんは「戦争が起きれば犠牲になるのは常に民間人だ。散歩や通学ができる当たり前の日常こそが平和である」と説く。
原稿にペンを走らせながら、自身が撮影した写真と文章を通して、戦場の真実と平和の尊さを未来へ伝え続ける決意を新たにしている。
