長野県松本市出身の前衛芸術家・草間彌生さんが8月14日、亡くなりました。過去の番組から、草間さんの功績や人柄をたどります。
(肩書、年齢、名称などは掲載当時のまま)
※「In Full Bloom-満開ー ~草間彌生の増殖する宇宙~」(2002年4月29日放送)より
(全3回の記事その3)
前衛芸術家の草間彌生さんが手掛けた巨大野外彫刻作品「幻の華」が、長野県の松本市美術館に設置された。構想から2年余りの歳月をかけて完成した作品は5本の巨大なチューリップで構成される。かつて郷土との間に距離があった草間さんだが、寄贈に伴い紺綬褒章を受章するなど、故郷・松本市との和解、そして、新たな絆を結ぶ象徴的な作品となった。生きることと創造を不可分とする草間さんの情熱を結集した大作が、松本の大地に根を下ろした。
■増殖していく様は永遠のテーマ
1980年代に入り、草間彌生さんの作品には明るい印象を与える版画の表現が加わった。
幼少期に採種場で出会った「かぼちゃ」をはじめ、植物が芽吹き増殖していく様は、草間さんの思想に通じる永遠のテーマと位置づけられている。
モニュメント「幻の華」の制作を支えたのは、秘書をはじめとする草間彌生スタジオのスタッフ5人だった。
草間さんとの綿密な打ち合わせのもと、巨大なチューリップの表面に無数の水玉模様が手作業で下書きされた。
使用された塗料も、屋外設置に耐えうる耐久性と高い色彩再現性を兼ね備えた専用のオリジナル塗料である。
2月22日に栃木県宇都宮市でペイント作業の最終確認を行った草間さんは、仕上がりに満足感を示した。
■難航を極めた巨大作の輸送と設置
3月4日未明、宇都宮市から松本市への輸送作業が開始された。
分解されたパーツは大型トレーラー9台に載せられ、4日間に分けて運搬された。
松本市美術館での組み立て作業は、大豊建鉄の平山勝雄さんら職人たちが泊まり込みで実施した。
市民の目から遮断された状態で行われた作業は、1つの重量が3.5トンに達する巨大なチューリップの花5本を設置する難工事となった。
特に横向きの花の溶接や枝先の調整は難航を極め、最後の1本を取り付ける際には茎の位置を合わせるまで2時間余りを要した。
5日間に及ぶ緻密な作業の末、設置作業は無事に完了した。
■紺綬褒章の受章と郷土との和解
3月8日、草間さんは松本市役所を訪れ、紺綬褒章の伝達式に臨んだ。
同美術館の開館に際し、草間さんが自作の版画215点を寄贈した功績によるものである。
かつて、草間さんと郷土・松本との関係は必ずしも良好とは言えず、日本の美術界や故郷で正当に評価されない葛藤が続いていた。
しかし、当時の有賀市長らが東京のスタジオを訪問して対話を重ねたことや、美術館への作品収蔵を契機に両者の関係は劇的に変化した。
美術館で組み上がったばかりの作品を鑑賞した草間さんは「作品が天や人々に向かって語りかけている」と感動を口にし、故郷の発展への願いを述べた。
作品の設置は、過去の葛藤を超えた郷土との和解の証となった。
■300歳まで描き続ける 創造への志
1990年代以降、ニューヨークでの回顧展や1993年のベネチア・ビエンナーレ日本代表としての出品を経て、世界的な「草間ルネサンス」の波が巻き起こった。
草間さんは現代アートのトップランナーとしての地位を確固たるものとし、現在も欧州各地での大規模巡回展など世界を舞台に活躍を続けている。
4月20日に松本市美術館で行われた除幕式では、集まった人々に向けて「幻の華」と名付けられた野外彫刻がお披露目された。
草間さんは「皆様に愛される彫刻になってほしい」と呼びかけた。
精神の苦闘を芸術へと昇華させ続けてきた草間さんは、自身の命や未来を設計する根源として美術を捉え、300歳まで作品を作り続ける意欲を示している。
満開の「幻の華」とともに、その表現は今なお人々の感覚を揺さぶり続けている。
