宮城名物「ずんだ」が今、世界へ羽ばたこうとしている。
タイ・バンコクで初めて販売された「ずんだクレープ」が、現地で大きな反響を呼んだ。
仕掛け人は、東日本大震災で被災した27歳の女性。震災で日常を失った少女が、なぜクレープで海を越えるのか。その歩みと新たな挑戦を追った。
「最初は抹茶かと…」タイ人が驚いたクレープ
2026年7月、タイ・バンコクで初めてお披露目された宮城名物「ずんだ」のクレープ。
枝豆をすりつぶした鮮やかな緑色のあんを、タイ人客が不思議そうに見つめ、口に運ぶ。
タイ人客:
最初は抹茶だと思いました。枝豆だと知ってびっくり!
甘すぎずコクがあって、どんどん食べられそうです。
この日開かれたのは「東北観光物産展」。
仙台牛や盛岡冷麺といった東北各地の名物が並ぶ中、ひときわ長い列ができていたのがこの「ずんだクレープ」だった。
2日間で用意した約300個はあっという間に完売となった。
実はタイにおいて、クレープといえばチリソースや豚肉ペーストなどを包んだ「甘辛い食事系」が一般的だ。
それだけに、生クリームとずんだを合わせたクレープは、現地の人たちに新感覚のおいしさとして受け止められた。
このクレープを手がけたのは、宮城県石巻市出身の遠藤桃華さん(27)だ。
絶望の中で出会ったクレープ
遠藤さんは幼い頃からクレープが大好きだった。
しかし、小学校の卒業を控えた2011年3月11日、東日本大震災が発生する。
石巻市の自宅は津波で被災。年齢も近く、きょうだいのように育ったいとこ3人の命も奪われた。
住み慣れたふるさとを離れ、家族とともに仙台市へ移り住んだ。
新しい生活にもなじめず、気持ちは沈んだままだった。
そんなある日、自宅近くで見つけたのが、一軒のクレープ店だった。
石巻では、年に一度の「川開き祭り」でしか食べられなかった大好物。
仙台では、それがいつでも食べられた。
遠藤桃華さん:
ずっとネガティブな気持ちで過ごしていました。でも、新居の近くに大好きなクレープ屋さんがたくさんあって、食べてみたらすごく幸せで。「仙台に来てよかった」って、初めて思えた瞬間でした。
「クレープに元気をもらったように、今度は私が大好きなクレープでいろんな人を笑顔にしたい」
そう決意した遠藤さんは、高校時代からクレープ店でアルバイトを始め、大学時代には全国の名店を食べ歩きながら腕を磨いた。
店名に込めた、亡きいとこたちへの思い
大学卒業後、大阪の人気店で修業を積んだ遠藤さんは、2023年に「クレープえんどう」をオープンした。
現在は大阪で3店舗を展開し、行列の絶えない人気店になっている。
店名の「えんどう」は自身の姓であり、震災で亡くなったいとこたちの名を未来へ残すために名付けた。
その思いが詰まった店の看板は、亡くなったいとこの父親が製作を担当した。
店づくりでも、ふるさと・宮城への思いは変わらない。
宮城県産の小麦粉や塩を使用し、看板商品に宮城名物「ずんだ」を取り入れた。
遠藤桃華さん:
宮城の食材を「おいしい」と言ってもらえると本当にうれしいですし、これをきっかけに宮城を知ってもらえると思います。
「小さな路面店」から世界へ
2025年にはシンガポールに海外初出店を果たした遠藤さん。
さらなる世界展開を見据え、タイと韓国への進出も計画している。
新たな挑戦の皮切りとなるのが、2026年秋にオープン予定のバンコク店だ。
出店を予定するアソーク地区は、オフィスや高層マンションが立ち並び、多くの人が行き交う激戦区だ。
しかし、遠藤さんが選んだのは大型ショッピングモールではなく、かつてカフェだった「小さな路面店」だった。
遠藤桃華さん:
最初はスモールスタートです。大きな商業施設に入るより、街の人に愛されるブランドに育てたい。近所の人がふらっと立ち寄ったり、ずんだクレープを目当てに集まってくれたりするような温かい場所にしたいです。
目指すのは、一度きりの観光客ではなく、何度も足を運んでくれる"街のクレープ屋さん"。
タイではフードデリバリーサービスが広く普及していることから、オフィスや近隣住宅への配送にも力を入れる考えだ。
開店準備前のがらんとした店内を見渡しながら、遠藤さんは目を輝かせる。
遠藤桃華さん:
もう、わくわくしかありません。ここで私たちがクレープを焼き、お客さんに手渡している姿が、はっきりとイメージできています。
「ZUNDA」を世界共通語に
遠藤さんが海外に挑戦する理由は、単に店舗を増やすことではない。
遠藤桃華さん:
ずんだクレープを世界に広げることが、宮城を知ってもらうきっかけになればいい。「ずんだって何?」「宮城の食べ物なんだ!じゃあ宮城に行ってみたい!」と、世界中の人に思ってもらいたいです。
震災で傷ついた少女を励ました、一枚のクレープ。
あれから15年以上の月日が流れた。
「ZUNDA」という言葉が、世界中で愛される日を目指して。バンコクの小さな路面店から、大きな挑戦が始まろうとしている。

