一枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。
今回の舞台は、京都・左京区。
出町柳駅から叡山電鉄で1つ目の「元田中駅前」からスタートです。
今回、兵動さんに渡されたのは1939年(昭和14年)に京都市左京区で撮影された1枚の写真です。
太鼓橋のような橋があり、その下には大勢の人々が集まっています。
よく見ると、写っているのはほとんどが女性です。
【兵動大樹さん】「なにこれ?太鼓橋が写ってるから神社仏閣か…すごい数の女性が多いですよね!面白い写真」
一体ここはどこなのか? さっそく聞き込み開始です。
■写真と同い年の女性に遭遇!
駅前で出会ったのは、なんと昭和14年生まれだという女性。
写真と同い年という奇跡的な巡り合わせに兵動さんも驚きです!
そんな女性に写真を見てもらうと…
【女性】「ひょっとして『田中神社』ご存じ?ここは昔“田中村”で、講(地域の信仰組織)をつくっていた」
このあたりは大正7年まで「田中村」という村だったそうで、駅名の「元田中」も、田中村の元の中心地であったことに由来しているのだとか。
早くも有力な手がかりが出てきました!
■日本初上陸の電動エコバイク
聞き込みの途中、「濃厚もったりバナナジュース」の看板を発見した兵動さん。
お店に立ち寄ると、そこは日本初上陸の電動エコバイク「マンゴスティン」を扱うショップでした。
50ccの原付と同じカテゴリーで、1回の充電で50〜60km走るという本格派。
せっかくなので試乗させてもらうと、「もったりしてますね」と兵動さんご満悦です。
お店のスタッフに写真を見せると、「田中神社に絶対分かる人がいる」とアドバイスをもらいました。
■地域から愛されたクジャクが眠る「田中神社」
アドバイス通り、兵動さんは「田中神社」へ向かいました。
境内に入るとすぐにクジャクのオブジェが。去年11月に25年の生涯を終えたクジャクに
「くーちゃん、今までありがとう」「小さい時からずっと見てたよ」と、地元の人々からのメッセージがたくさん飾られていました。
もともとサーカスでショーをしていたクジャク2羽が、神社に奉納されたのだそうです。
■田中神社で知った「田中姓のルーツ」に驚き
そしてもう一つ、宮司から驚きの話がありました。
この地域を支配していた「田中族」という豪族に由来して「田中」の地名がつき、全国から田中姓の方がお参りに訪れることから、“田中姓の発祥の地”の1つと言われているそうなんです。
【兵動大樹さん】「こっから田中さんが生まれた!?ちなみにお名前は?」
【宮司の山田さん】「私は山田なんです」
【兵動大樹さん】「ちゃうんかい!」
肝心の写真は「田中神社ではない」とのことでしたが、下鴨神社の足つけ神事“みたらし祭り”ではないかという情報が飛び出しました。
■ついに判明!下鴨神社の「みたらし祭り」だった
期待を胸に、元田中エリアから少し離れた「下鴨神社」に到着。
社務所で写真を見せると、即座に答えが返ってきました。
【権禰宜・池側壮真さん】「間違いなく当神社の輪橋(そりばし)でございます」
写真に写っていた太鼓橋は、下鴨神社の「輪橋」だったのです!
1939年(昭和14年)に撮影された、夏の風物詩「みたらし祭り」の風景でした。
みたらし祭りでは、輪橋にスロープが設けられ、参拝者がろうそくを持って川に下り、足をつけて無病息災を祈るという神事が行われます。
■みたらし団子も“下鴨神社”が発祥?
輪橋のたもとには参拝者が自然に置き始めたお賽銭がびっしり。
「我々も意図していなかったんですが」と神社側も驚いてるのだそうです。
さらに、参拝者が足をつける「御手洗川」こそが、みたらし団子の名前の由来になった場所だということも判明。
神社の西側にある「加茂みたらし茶屋」が“みたらし団子発祥の店”としていまも営業しています。
【兵動大樹さん】「初めて知りました、みたらし祭り。勉強不足でした。みたらし団子発祥の地であるという、ここに足をつけて無病息災願いませんか?」
元田中駅から始まった今回の今昔さんぽ。
田中村の歴史、田中姓のルーツ、そしてみたらし祭りと、左京区の奥深い魅力がぎゅっと詰まった一日となりました。
(関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2026年7月10日放送)
