雲仙・普賢岳の大火砕流災害から6月で35年となりました。

災害の教訓を伝えようと、雲仙岳災害記念館が新たなプロジェクトに着手しました。

大火砕流で犠牲者を出した島原市上木場地区。

災害前、ここに「眉山焼」の窯元がありました。

眉山焼は江戸時代の島原藩の御用窯で、白磁に、彫刻や染付を施した格調高い磁器です。

明治時代に伝統が一時、途絶えましたが、噴火災害前に約80年ぶりに復活しました。

小学生が修学旅行で訪れ絵付け体験を行うなど、工房はにぎわっていました。

しかし火砕流はこの場所も襲い、絵付けされた磁器は長い間、窯のなかで火入れしない状態のまま残されていました。

雲仙岳災害記念館は2026年、その磁器をとり出し保管しています。

8日、噴火災害の記録や展示を続けているUNZENプロジェクトの砂守かずら代表などが記念館の職員の案内で窯元跡を訪れ、カメラを向けました。

島原半島には磁器を焼くことができる窯がなく、記念館は佐賀大学の協力を得て、35年前の小学生の作品を焼き上げ本人たちに手渡したい考えです。

杉本伸一 館長
「当時の子供さんたちにもう一度島原を思い出していただいて、是非この現場には来られないかもしれないけど、災害記念館なり島原に足を運んでもらえればいいなと思っている」

杉本館長は修学旅行の思い出を届けられなかった当時の子供たちには申し訳ないが、なぜそうなってしまったかを改めて考えるきっかけにしてもらえればと話し、2026年内には焼き上げたいとしています。

テレビ長崎
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