災害時に不足する態勢を事前に数値で洗い出し、備えに繋げる政府の新たな取り組みが始まっている。2026年度中の「防災庁」発足を見据えたモデル事業として、内閣府防災の担当者と宮城県、石巻市の防災職員が合同で視察と意見交換を行い、分析手法の検証を試みた。

石巻市 危機対策課 阿部雄大課長の案内を受ける内閣府防災 桝谷有吾企画官 2026年5月14日
石巻市 危機対策課 阿部雄大課長の案内を受ける内閣府防災 桝谷有吾企画官 2026年5月14日
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震災遺構で15年前の教訓を共有

東日本大震災で自治体として最も多くの犠牲者を出した石巻市で2026年5月14日、内閣府防災の担当者や県・市の防災担当職員らが参加し、津波被害を受けた南浜地区や震災遺構「門脇小学校」の視察が行われた。一行は日和山から新たに整備された防潮堤などを確認したほか、門脇小学校で15年前の教訓と現在の備えに関する課題について認識を共有した。

震災遺構「門脇小学校」2026年5月14日
震災遺構「門脇小学校」2026年5月14日

「定量的弱部分析」とは

今回の視察の核心は、「定量的弱部分析(負傷者救護編)」と呼ばれる手法の検証にある。これまでの被害想定は死者、負傷者、建物倒壊数といったマクロな数字の算出が中心だったが、この手法では「想定される負傷者を実際に救護所まで運ぶ人員は足りるか」「病床は十分か」といった対応能力の需給ギャップまで踏み込んで数値化する。平時には見えにくい態勢の「弱点」を事前に浮き彫りにし、対策の優先順位を明確にすることが狙いだ。

内閣府防災、宮城県、石巻市などの会合 2026年5月14日
内閣府防災、宮城県、石巻市などの会合 2026年5月14日

石巻市の「数字」が示す実態

分析では、東日本大震災クラスの大地震が起きた場合、宮城県が想定する石巻市内の負傷者824人(重傷者91人・軽傷者733人)をどう救護するかを具体的にシミュレーションした。まず、建物倒壊で瓦礫に埋まるなど自力脱出が困難で、消防による「公助」の救助が必要な人は7人と試算された。残る84人は緊急救助こそ不要だが、自力での移動が難しく、住民同士の「共助」による搬送が必要になるという。さらに、重傷者のうちトリアージで「赤タグ(直ちに処置が必要)」と判定される30人については、災害拠点病院への救急搬送が求められる。能登半島地震の実績を参考に、搬送には道路渋滞により平時の5倍(往復約150分)かかると仮定して計算された。

石巻市危機対策課 阿部雄大課長
石巻市危機対策課 阿部雄大課長

不足はない一方、「現場とのズレ」が判明

内閣府防災・県・市などが分析した結果、搬送要員や病院の病床数については現時点で数値上の不足は確認されなかった。石巻市危機対策課の阿部雄大課長は「データとして目に見える形で『弱点』を見つけていく大変意義のあるものだ」と評価する一方、分析データ上では「救助不可」とされていた場所に、実際は活動できる経路があるなど、データと現場の実態にズレがあることも判明した 。こうした乖離を一つひとつ修正し、より精度の高い分析に仕上げていくことが今後の課題だ。また、津波の浸水想定区域内に複数の消防施設が立地していることも明らかになり、実際に津波が来た場合は有効な人員・車両が大幅に減少するリスクが指摘された。火災が同時多発した場合の対応についても課題が浮き彫りになっている。

事前防災で被害を減らす

分析はリソースの過不足を調べるにとどまらず、対策を講じた場合の効果も数値で示した。耐震化率を現状の92%から100%に引き上げれば建物倒壊による負傷者を160人削減でき、津波避難の意識向上と組み合わせることで、発生する負傷者総数を824人から320人にまで抑えられる可能性があるとしている。「起きてから対応する」備えだけでなく、「被害そのものを減らす」事前防災の重要性が、数値という具体的な形で示される。

内閣府防災「ふるさと防災職員」として宮城県を担当する2人 向かって左から成田泉さん、重枝伸之さん
内閣府防災「ふるさと防災職員」として宮城県を担当する2人 向かって左から成田泉さん、重枝伸之さん

「ふるさと防災職員」が橋渡し役

市や県の取り組みを、国とつなぐのが、内閣府防災の「ふるさと防災職員」だ。この任期付き国家公務員は現在、全国に45人が配置されており、平時は避難所環境の改善など「事前防災」を進め、災害発生時には直ちに現地へ入り「地域防災リエゾン」として被災状況の把握と支援活動にあたる。

防災庁の主要業務として全国展開へ

内閣府防災は今回の分析手法を、今年度新設する「防災庁」の主要業務と位置づけている。2026年1月には有識者による「定量的弱部分析手法等検討会」の第1回会議が開催され、全国の自治体が利用できるようにするためのガイドラインの策定が進んでいて、モデル事業などで手法の精度を引き上げることが急務となっている。

百武弘一朗
百武弘一朗

災害対策チーム 1986年11月生まれ。國學院大學久我山高校、立命館大学卒。社会部(司法、警視庁、宮内庁、麻取部、遊軍)、夕方ニュース(ディレクター)、FNNバンコク支局、FNNプロデュース部を経て現職。