一枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。

今回の舞台は、奈良県大和郡山市の近鉄郡山駅前からスタートだ。

金魚で有名な大和郡山市。現在は大河ドラマ『豊臣兄弟』でも注目を集めているスポットだ。

兵動さんが今回受け取ったのは、1961年(昭和36年)に奈良で撮影された1枚の古い写真。

兵動大樹さん:これなに?ろくろ回してんのかな。郡山やから、金魚入れるやつっていう可能性もあるけど。

室内でろくろを回している職人の姿が写っているが…写真の風景は見つかるのだろうか?

■熱々コロッケと“アカハダヤマ”

早速、駅前周辺で聞き込みスタート。

駅のすぐそばにある「ころっけのハヤシ」という惣菜店を訪ねた。

兵動大樹さん:あつっっ!!!うまっ!ジャガイモの感じがなめらかすぎてクリームコロッケに達するんちゃうかと。

揚げたてのコロッケ(90円)を味わいながら、兵動さんは「アカハダヤキ」という陶器の存在を知った。

店主に写真を見せると、興味深い答えが返ってきた。

店主:奈良市の一部とこの辺に窯元があったりして。地名でアカハダヤマって奈良市にあるんですよ。そこの土やったと思う。

1961年(昭和36年)の写真
1961年(昭和36年)の写真
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■豊臣秀長ゆかりの歴史ある街

大和郡山市は戦国時代に郡山城の城主となった秀吉の弟・豊臣秀長の商業政策によって栄えた町だ。

郡山城跡や風情のある街並みは観光名所となって、多くの方に親しまれている。

街を歩いていると、金魚の自販機を発見!

兵動大樹さん:すごない?ほんまもんやね。自販機の中にどうやって入れてんねんやろ。水きれいでちゃんと替えてあるよ。

続いて訪れたのは、江戸末期、ペリー来航の翌年の1854年に建てられた老舗和菓子店「本家菊屋」。

兵動大樹さん:ペリー来たての頃や、知らんけど。

400年以上続く歴史ある店で、豊臣秀長が秀吉に贈るために作ったという「うぐいす餅」が看板商品だ。

店内には江戸時代のものと言われる羊羹の看板も。五色の羊羹「玄武羹、朱雀羹、青龍羹、白虎羹、紫雲羹」がいまでも販売されている。

豊臣秀長
豊臣秀長

■“赤膚焼”の窯元を訪ねて

菊屋の店主から教えてもらった情報を元に、兵動さんは郡山駅近くにある小川二楽窯を訪問。

「アカハダヤキ」とは「赤膚焼」という焼き物のことだった。

赤膚焼は乳白色の色合いと温かみのある風合いが特徴の陶器。鹿や寺社などの素朴な奈良絵を施すのが伝統的なスタイルだ。

小川さん:伝説では豊臣秀長さんが常滑(愛知県にある「六古窯」の1つ)から陶工を寄せて作ったって言うんですけども。

写真を見てもらうと…。

小川さん:外の光を仕事場に置いて仕事をしていたんですけど、昔の窯は南の方に仕事場がある。奈良市の五条山にも赤膚焼の窯元があるのでそちらに行かれた方が可能性がある。

赤膚焼
赤膚焼

■写真の人物はお父さん!

奈良市五条山には窯元が数軒あるということで、向かってみることに。

大塩正人窯では、現在十代目まで代々続いている窯元に出会った。

9代目・大塩正人さん:地元の土を使うのが一番の焼き物の名前の由来なんです。

写真を見てもらうと、驚きの反応が!

9代目・大塩正人さん:36年いうと、ちょうど私37年生まれなんです。これ父なんで。

なんと、写真に写っているのは9代目のお父さん。しかも、その作業場は今でもそのまま残っているそうだ。

写真を見てもらうと驚きの反応が!
写真を見てもらうと驚きの反応が!

■「舐めて甘かったらオッケー」

大塩さんに赤膚焼の原料となる赤い土を見せてもらった。

9代目・大塩正人さ:鉄分含んでるんで赤いんですよ。
兵動大樹さん:肌の色に見えないことはないけど。

9代目・大塩正人さん:祖父は、いい土かどうか見るのに、舐めて甘かったらオッケーという話なんですわ。甘いでしょ?

兵動さんも実際に土を舐めてみると…。

兵動大樹さん:そう言われたら甘いな。普通の砂やったら『ウェッ』ってなるやん。
9代目・大塩正人さん:美味しいでしょ?
兵動大樹さん:美味しくはない!

赤土は甘いらしい
赤土は甘いらしい

■先々代が採った“赤土”でつくる赤膚焼

実は、赤膚焼の原料の赤土は限られた層でしかとれない。

9代目・大塩正人さん:400年から600年分くらいは取り置きしてあります。自分が使ってる粘土は祖父が採ってきた粘土なんです。

先ほど、兵動さんが舐めた土は先々代が採った土だという事実に驚きが隠せない。

この土を水で溶き、ザルで小石を取り除いてから水気を飛ばし粘土を作る。

150年使い続けている登り窯では、赤松の薪を使って5日間かけて1230度まで焼き上げる。

薪割りも重要な作業の1つ。使う薪は一番燃えるという「赤松」で、きれいに割れないと先代に怒られたんだとか。

様々な工程を経て赤膚焼ができあがる
様々な工程を経て赤膚焼ができあがる

■今も受け継がれる職人の背中

作業場では、10代目が昭和36年の写真とまったく同じポーズでろくろを回していた。

兵動大樹さん:似てるわ10代目!背中が瓜二つやな。

昭和36年から現在まで、変わらずに受け継がれてきた職人の技と姿勢。写真と現実が見事に重なった瞬間だった。

兵動大樹さん:地元の土を使った作品が赤膚焼。次からは『これは赤膚焼ですね』とか言える知識がつきました。

豊臣秀長ゆかりの地で、400年以上続く技術と職人の心意気に触れる貴重な経験をした兵動さんだった。

(関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2026年2月27日放送)

写真の風景を発見!
写真の風景を発見!
関西テレビ
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