那覇市首里鳥堀の新しい茶屋に立ち込める湯気の向こうに、沖縄の伝統が息づいている。
創業58年の老舗豆腐店が社名を変え、一度は製造を断念した「あちこーこー豆腐」が復活するまでの軌跡を追った。
「美味しさをつなげたい」という思いが原動力

50年以上にわたって島豆腐を作り続けてきた照屋食品が、「首里とうふ」へと社名を変更した。看板商品である「首里とうふ」の名前を社名に掲げた背景には、島豆腐文化への深い愛着と次世代への継承への強い意志がある。
新たにオープンした「茶屋首里とうふ」では、豆腐製造過程で出る豆乳やおからを活用したアンダギーやまんじゅうがバラエティ豊かに並ぶ。そして何より、店頭にはできたてのあちこーこー豆腐が湯気を立てて置かれている(「あちこーこー」とは、うちなーぐち(沖縄の言葉)で「熱々の」という意味)。

舵取りを担う照屋ゆきの社長は「お豆腐屋さんが経営する直営店だからこそできるメニュー展開です」と胸を張る。その言葉からは島豆腐への揺るぎない確信が伝わってくる。
「(島豆腐が)いちばん美味しい。できたてのお豆腐は調理せず、そのままでもすごく美味しいんですね。未来あるこどもたちにも、島豆腐の美味しさを次の世代につなげていけきたい」

島豆腐の美味しさをつなげていきたいという思いが、新たな挑戦の原動力となっている。
苦渋の決断で終売へ
5年前の2021年、大きな試練が照屋社長に訪れた。食品を扱う全ての事業者に義務化された国際基準「HACCP(ハサップ)」の導入だ。食中毒リスクの回避を目的とした厳格な温度管理が求められるようになり、沖縄伝統の「あちこーこー豆腐」は大きな影響を受けることになった。

島豆腐は温度が55度を下回ると食中毒の原因となる菌が増え始める。HACCPの基準では豆腐の温度を55度以上で管理し、下回った場合は3時間以内に消費するか冷蔵保存が必要となった。スーパーでの販売では温度管理が困難、返品が相次いだ。
「納品して3時間で下げられたら、赤字が増えますよね。苦渋の決断で、終売しました」(照屋社長)

当時の照屋食品は「あちこーこー豆腐」の製造と販売を中止せざるを得なくなり、売り上げも大きく落ち込んだ。しかし、伝統を絶やしたくないという強い思いが、照屋社長に新たな道を模索させることになる。
直営店という活路、「伝統の味」再現の模索

照屋社長がたどり着いた答えは、自ら豆腐の温度を管理できる直営販売店の開業だった。
独自の衛生管理で基準を守りながら販売できる環境を整えることで、「あちこーこー豆腐」の復活に向けた活路を開いた。工場で主任を務める石川弘治さんは、あちこーこー豆腐作りの責任者のひとりだ。
「できる限り冷めないようにして、直営店に並べる」ことを心がけているが、その道のりは決して平坦ではない。長年受け継がれてきた製法は、HACCP導入によって一度途絶えていた。

「昔、あちこーこー豆腐を作っていた職人たちがいなくなってしまった。どうしようかなと迷っていたんですけど、やっぱり社長の『あちこーこー』を復活させたいという熱意が伝わってきたので、自分たちでレシピを掘り起こしていったんです」(石川さん)
伝統の味の再現は、試行錯誤の日々だ。「毎日味が変わるんです。食べてみて固かったり、失敗する日もあるので、安定してできるように日々精進しているところですね」と石川さん。

試行錯誤の日々を重ねながらも、この日の出来栄えについて石川さんは笑顔で答えた。
「いい感じです!あちこーこーできました!」
出来立てのゆし豆腐を食べた客は、口をほころばせながら「本当に美味しいです。なめらかで、あったかくて」と味わっていた。
悲しみにくれながらも、言えなかった「廃業」
照屋社長の歩みには、大きな転機があった。
7年前、先代である夫が病気で他界。彼女は急遽50名以上を抱える会社の社長に就任することになった。「当時は娘たちもまだ小さかったですし、悲しみからなかなか這い上がり切れなくてですね…」

心の整理が追いつかず、廃業という選択肢が頭をよぎったこともあった。しかし、現場で汗水たらして働く従業員たちの姿を目にすると廃業したいとはどうしても言えなかった。
「(従業員たちが)長靴に半分くらい汗が溜まった状態で働いてるんですよ。時間はかかりましたけど、自分の気持ちを奮い立たせて、今頑張ってます。ちょっと泣きそう…(笑)」
石川さんの言葉からも、チーム一丸となって沖縄の食文化を守り続ける決意が伝わってくる。

「沖縄の食文化である島豆腐を守りながら続けていくのが首里とうふの使命なので、工場の社員一同頑張って作っています」
次代へつなぐための「あちこーこー」な情熱

形を変えながらも守り続けてきた島豆腐の文化。首里の町では今日もあちこーこーの湯気とともに、伝統の豆腐の味が確実に受け継がれている。
沖縄テレビ
