もうすぐ桃の節句のひな祭り。子どもの幸せを願い、災いをさける日本の節句行事です。このひな祭りの発祥の地が「越前市なのではないか」と伺える書物が発見され、地元は盛り上がりを見せています。
越前市のシンボル日野山。越前市と南越前町にまたがる標高794mの山です。雄大にそびえるその姿は越前富士と親しまれ、その昔は「雛が岳」と呼ばれていました。
その日野山(雛が岳)がひな祭り発祥の地と推測できる手掛かりを5年前に見つけたと話すのは、郷土史を研究する市民グループ「こしの歴史勉強会」の代表・野村政好さんです。
野村さん:
「武生の図書館に行って歴史関係の書類を探していたが、歴史書ホツマツタエに関する冊子があり、北日野の荒谷の神社のことが書いてあった。それによると日野山の祭神は“モモヒナキ”と“モモヒナミ”であることが分かった」
この冊子には「ひな祭り発祥の地が越前市の日野山だと、歴史書ホツマツタエに詳しく記されている」と書かれていたのです。
驚いた野村さんは、歴史書ホツマツタエの真偽が確認されていないことから、裏付けを取ろうと、歴史勉強会のメンバーと解明を進めました。そして、行き着いたのが1879年に書かれた県保有の歴史資料・日野神社の由緒書です。
野村さん:
「由緒書には、日野さんの祭神は、モモヒナキとモモヒナミと書かれている」
ホツマツタエと由緒書で、祭神が一致しました。
さらに、由緒書には“3月3日”や”桃の花”といった記述があり「ひな祭りの原型が日野山で生まれたと読み解ける」と野村さんは話します。
野村さん:
「日野山は3000年前から雛が岳と呼ばれていたんです」
去年5月、歴史勉強会や北日野公民館などは、この物語を広く伝えようと地元の小学生と共に越前和紙を使って紙芝居を完成させました。
北日野公民館・武内輝美主事:
「越前和紙を使って、ちぎり絵風に作ってある。手すき和紙ならではの温かみが感じられるのでは…」
紙芝居には、ひな祭りが日野山から始まり全国に広まっていったという話が描かれています。
武内さん:
「私たちの世代が、上の世代から聞いた地域の歴史を後世に伝えていかなければならない」
野村さん:
「まず子供たちに知ってもらって大人になってから伝説があったと広げていってもらえたら」
「ひな祭り」は本当に越前市がルーツなのか…、まだ分からないことも多く解明途中にあります。
ただ、この物語を通して、地元が盛り上がりを見せていることは確かです。
ひな祭りの発祥について詳しい記述のある一連の歴史資料は、道の駅越前たけふで3月8日まで展示されています。
また、紙芝居「モモヒナキ モモヒナミ」の披露は3月1日に行われます。