フランス企業のメセナ活動から考える「公益」と“ノーブレス・オブリージュ”の意義

高松宮殿下記念世界文化賞

カテゴリ:ワールド

  • 「公衆」のために成果をあげていくことを重要視する哲学
  • 社会に“還元する”フランスの有名企業
  • 亡くなったシラク元大統領が名誉顧問を務めた高松宮殿下記念世界文化賞

「公衆(Public)」の役に立つという哲学

フランスでは、企業によるメセナ活動が当たり前のものとして受け入れられ、フランス政府によると、その活動はヨーロッパで最も活発だという。メセナ活動とは、市民または企業が、人権問題や環境問題、文化的支援などを行うことで、その方法は金銭的な支援や物的支援、技術提供などさまざまだ。

例えば、4月に火災に見舞われたパリのノートルダム大聖堂の修復に企業が寄付を行ったのもメセナ活動のひとつだった。フランスでは、こうした活動によって企業側が一定の減税を受けられるメリットがあるのも事実である。

しかし、そのようなメリットは別として、そもそもフランスの人たちの意識の中に、「公益」に貢献することについての基本が根づいているようにも見える。その理由のひとつとしてあげられるのが、必修とされている哲学の授業だ。

その中で、「公益」に対する考え方が根づいたのかもしれない。
例えば、哲学者デカルトは、「公衆(public)が得ることのできる利益」や、「公衆に役に立つ機会」を重視し、「公衆」のために成果をあげていくことの重要性を強調している。このようなデカルトの視点について、フランス哲学を専門とする津崎良典氏(筑波大学人文社会系准教授)は、著書の中で以下のように記している。

「学問や研究の成果は、もっと平たく言えば、仕事の成果は、それを独占して自分だけの金儲けや功名心を満たすための手段にしてはならない。社会にできるだけ広く還元しなければならない。富める人にも貧しき人にも、老若男女を問わず、公平に、平等に配分されなければならないのです。(『デカルトの憂鬱——マイナスの感情を確実に乗り越える方法』)」

社会に“還元する”フランスの有名企業

メセナ活動を展開しているフランスの企業を調べてみると、日本でも有名な企業がこぞって参加していることに驚く。例えば、ファッション業界のトップに君臨し続けているシャネル。

2011年に設立された「シャネル財団」は、女性の経済的社会的な状況を改善するため、NGOや他の財団などと協力し、世界35か国でプロジェクトを実施している。

その分野は、芸術、健康、教育など多岐にわたる。
・雇用を得た、または自身の企業を立ち上げた女性 1600人
・健康のためのサービスを受けた女性 60000人
・職業の養成教育を受けた女性 2000人 (2018年報告書より)

また、シャンパンで有名なドン・ペリニョンやヴーヴ・クリコ、そしてファッション業界ではジバンシィ、ケンゾーなども参加する巨大グループである「ルイ・ヴィトングループ」は、「ルイ・ヴィトン財団」を通して、メセナ活動に取り組んでいる。その内容は、文化や美術の普及、歴史遺産の修復、現代美術作品の創作を応援するなどの活動だ。

「ルイ・ヴィトングループ」は、特に芸術分野に力を入れていて、世界の人々に芸術に触れてもらうことや、画家たちの作品を広める目的で、50以上の国際・国内展示会をサポートしている。この他にも、美容業界ではロレアルなど、日本でも一度は耳にしたことがあるフランスの企業にとって、メセナ活動がむしろ自然なものと受けとめられている、フランスでの雰囲気に気づくのである。

高松宮殿下記念 世界文化賞

もちろん、日本にも公益のために行われる活動が存在する。
少し調べただけでも、トヨタ自動車や資生堂など日本の大企業もこうした社会貢献に力を入れていることが分かる。その中でも、30年以上の歴史をもつのが、「高松宮殿下記念 世界文化賞」だ。

「高松宮殿下記念 世界文化賞」は、日本美術協会によって1988年に創設され、絵画、彫刻、建築、音楽、演劇/映像の各部門で優れた業績があった芸術家に、毎年授与される。日本美術協会の総裁を務められた高松宮殿下の「世界の文化・芸術の普及・向上に広く寄与したい」とのご遺志にもとづいて、また日本美術協会が創立100周年を迎え、2世紀目の活動に入ることを記念して創設された全世界の芸術家を対象にした顕彰制度である(公式ホームページより)。

世界文化賞の運営のため、フジサンケイグループや鹿島建設、ソニーなど13の企業から日本美術協会に寄付が行われていて、ことし9月には、第31回の受賞者がフランス・パリで発表された。

受賞者の選考には、国際顧問が携わっていて、これが錚々たる顔ぶれだ。
フランスのジャン=ピエール・ラファラン元首相、イタリアのランベルト・ディーニ元首相、イギリスのサッチャー・メージャー両政権下で保守党幹事長などを務めたクリストファー・パッテン氏、2017年まで駐日アメリカ大使を務めたキャロライン・ケネディ氏、プロイセン文化財団の元総裁で、2008年以降ドイツ政府が設立した国際文化交流機関「ゲーテ・インスティトゥートの総裁を務めるクラウス=ディーター・レーマン氏の5人である。

9月に亡くなったフランスのシラク元大統領は、創立当初から国際顧問を、その後亡くなる前まで名誉顧問を務めた。

世界の名だたる有力者をこれだけ集めるには、どれほどの努力がなされただろうか。こうした有力者たちが心を寄せるほど、この賞に対する「公益性」が認められたことに違いない。

フランスのシラク元大統領 Ⓒ日本美術協会/産経新聞 ⒸThe Japan Art Association/The Sankei Shimbun

ことしの各部門の受賞者は、以下の通り。

演劇・映像部門:現代歌舞伎を代表する女形、坂東玉三郎さん。歌舞伎の出演に並行し、舞踊家、演出家、映画監督としても活躍し、2012年には人間国宝に認定。

絵画部門:ウィリアム・ケントリッジさん。「動くドローイング」とも呼ばれるドローイングをコマ撮りした作品で世界的な注目を集め、2009年には日本でも大規模な展覧会を開催。

彫刻部門: モナ・ハトゥムさん。パレスチナ人の両親の元、レバノンで生まれ育ち、1975年からロンドンを中心に芸術活動を続ける。2017年に、現代美術を通して世界平和を訴える、「ヒロシマ賞」を受賞。

建築部門:夫婦で建築家として活躍する、トッド・ウィリアムズさんとビリー・ツィンさん。
美術館や教育・研究施設を多く手がけ、2016年には、「オバマ大統領センター」の設計者に選ばれる。

音楽部門:バイオリニストのアンネ=ゾフィー・ムターさん。伝説的指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンさんに見出され14歳でデビュー。傑出した演奏技術と表現力で世界を魅了する“バイオリンの女王”。

若手芸術家奨励制度:フィルハーモニー・ド・パリが運営する音楽教育プログラム、「デモス」。7歳から12歳を対象に無料で楽器を貸し出してレッスンを行い、音楽を通じて子どもの育成に取り組む。

受賞者の発表は、国立のアカデミーであるパリの学士院(Institut de Franc)で行われた。会場となったサロンは、ラシーヌやコルネイユ、ヴォルテールなどの名だたる文化人の像が並び、フランスの歴史を感じさせる荘厳な一室だ。

フランス・パリの学士院(Institut de France)

日本美術協会の日枝久代表は、「世界文化賞を通じ、国境、人種、言葉の壁を越えて、世界の人々の心を豊かにし、ひとつにすることが出来る芸術の偉大な力と、それを創造する芸術家に感謝を捧げ、顕彰を続けて参りたい」と述べ、改めて意欲を示した。

フランス文化庁での晩餐会

晩餐会は、フランス文化庁の建物でリステール文化相主催で行われた。 今回の若手奨励制度の受賞者「デモス」の若者たちの他、過去の受賞者たちも参加した。会場を見渡せば、それぞれの分野におけるフランス文化の頂点とも言うべき人々が、一堂に会していると言えるほどの顔ぶれが目に入る。

フランス文化庁で開催された晩餐会の様子

写真、ぬいぐるみ、刺繍などの素材を組み合わせた作品で知られるアネット・メサジェさん(第28回彫刻部門で受賞)や、油彩画や立体オブジェ、ブロンズ彫刻など多彩な表現活動でフランスのポップアート界を代表する巨匠、マルシャル・レイスさん(第26回絵画部門で受賞)。レイスさんの作品は、現代アートの美術家としては、作品が最も高値で取り引きされているとされる。さらに、写真や古着、ろうそくの光など、多彩な素材と方法で、「生と死」の問題を語りかける現代アーティスト、クリスチャン・ボルタンスキーさん (第18回彫刻部門で受賞)も参加。

筆者の近くには、あの100年に一度とされる世界最高のバレリーナ、シルヴィ・ギエムさん(第27回演劇・映像部門)が着席していた。伝説のエトワールと世界から賞賛されるシルヴィさんは、彼女が背負うこれまでの功績にもかかわらず、とても気さくだった。2011年の東日本大震災後には、福島で支援のための公演も行っている。シルヴィさんと同席していた夫で写真家のジル・タピさんは 、「ノーベル賞には、『芸術賞』がない。だから、世界文化賞は重要だ」と話してくれた。

シルヴィ・ギエムさん(右)と夫のジル・タピさん(左)

日本の文化庁によるメセナ活動実態調査では、参加した340社のうち302社、実に89%もの企業が「実施」と回答している(平成29年度)。その実施率は、平成25年度から上昇を続けていて、企業の社会的責任が日本社会でも強く認識されるようになったということだろう。

もちろん、企業にはよい時もあれば悪い時もある。芸術や文化を愛する心の余裕が生まれない時期もあるだろう。しかし、こうした活動は企業イメージの向上につながるだけでなく、富を生み出す存在である企業の“noblesse oblige”=(ノーブレス・オブリージュ;財産、権力、社会的地位の保持には義務が伴うこと)なのだと思う。

「公衆に役に立つ機会」を強く意識した企業活動が行われているフランスで感じた、率直な感想だ。

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【執筆:FNNパリ支局長 石井梨奈恵】

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