タブーも受け入れる「人間らしさ」の象徴 ノートルダム大聖堂 火災から見える分断社会へのメッセージとは

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  • 日常が失われる恐怖
  • ノートルダム大聖堂が、「親しみの対象」であるワケ
  • それでも分裂するフランス

ノートルダム大聖堂は、世界遺産に登録されている、言わずと知れた観光名所であり、カトリック教徒の巡礼地だ。荘厳なゴシック建築にステンドグラス、数々の貴重な美術品で、年間約1400万人の訪問者を魅了してきた。

4月15日午後6時50分ごろー。800年以上続いたノートルダム大聖堂の歴史に、不幸が降りかかった。

火災に見舞われたノートルダム大聖堂を前に、人々は涙を浮かべ、祈り、見守った。現場では、讃美歌「アベ・マリア」が聞こえ、必死の消防活動に携わる消防隊に対しては、拍手が送られていた。

日常が失われる恐怖

歴史が一瞬で崩れてしまう悲しみと共に、日常的にある光景が突如なくなる恐怖が、パリ市民を襲った。

「日常」-。

パリ発祥の地、シテ島に建つノートルダム大聖堂は、言うまでもなく、フランス・カトリックの象徴だ。しかし、そうした「カトリックの荘厳な象徴」という存在以上に、「親しみ」の対象であり、「日常」だった。

パリ市民は、大聖堂を「パリの心臓」と呼ぶ。大聖堂への親しみは宗教を超え、悩みごとがあれば教会を眺め、一息つく。そうした、寄り添える場所だった。これまで、ノートルダム大聖堂は、戦争や数々の悪天候に耐えてきた。どんな事態にも大聖堂は耐え抜くという印象から、その神話が崩壊する可能性があるとは、考えなかっただろう。

こうした中での、火災。火災後、「追悼式」が行われるなど、人が亡くなったような、擬人化する現象も見られた。また、ノートルダム大聖堂に起こる不幸が自分の不幸のようなものと感じていた人もいる。身内に不幸が起こるような感覚になったのだろう。

ノートルダム大聖堂が、「親しみの対象」であるワケ

なぜ、フランス国民からこれほど親しまれるのか。

ノートルダム大聖堂は、小説や、映画などの題材にもなってきた。フランスの小説家ビクトル・ユゴーが、ルネサンスが花開く15世紀パリを描いた「ノートルダム・ド・パリ」は、火災後、フランス国内で書籍の売り上げ1位を記録した。小説では、大聖堂で鐘をつく役割を担う、醜い姿のカジモドと、美しい娘エスメラルダを中心に、人間模様が描かれる。

この小説は、1998年にフランスでミュージカル化され、ミュージカルとしては珍しく大ヒットとなった。ミュージカルの中の曲目「ベル」も250万枚を売り上げる大ヒットを記録し、学校など教育現場でも生徒たちによって歌われるなど、一大ブームを引き起こした。初演時にこのミュージカルをみて、その後何度も再演に足を運んだ。

火災から少し時間が経って、頭をよぎったのは、カジモドがエスメラルダに対して歌う、歌の歌詞だった。
「もし、逃げ場が必要なら、逃げておいで。ノートルダム大聖堂は、僕の家であり、隠れる場所、街、人生、空気、屋根、そして寝床だ」辛い時に寄り添える「逃げ場」で、人生、空気、故郷・・・。

フランスの人たちにとっても、そのような存在であったのだろうと想像した。この中では、ノートルダム大聖堂の司教が、カトリックの聖職者であるにも関わらず、美しいエスメラルダに恋をしてしまう、「タブー」が描かれている。

それどころか、彼女を手に入れるために、悪事に手を染めてしまうのである。神よりも人間を重視した、ルネサンスの時代を描いたこの作品は、人間の弱さなど、真の人間らしさを描き、カトリックの視点からのノートルダム大聖堂とは違う世界に導いてくれる。

「人間らしさ」。こうした作品がフランスで大ヒットしたということは、すなわち、ノートルダム大聖堂が、カトリックの象徴を超えた非常に身近な存在として、人々の心に刻まれていたということだと考える。

それでも分裂するフランス

ノートルダム大聖堂再建への決意を述べるフランスのマクロン大統領

「我々は、行動し、勝つために結束することができる。歴史の中で、街や港、教会を建てたが、多くは燃やされ、破壊された。そのたびに、再建された。ノートルダム大聖堂の火災は、我々の歴史が決して止まらないことを思い出させてくれる。乗り越えるべき試練が常に訪れるだろう」

「私は、この大惨事を結束の機会とする必要があると、強く信じている」
「大聖堂をもっと美しくしよう。5年以内に成し遂げる」
火災翌日、マクロン大統領は、このように演説した。この演説は、悲しみの淵にいるフランスの人々の心に響き、ある世論調査ではマクロン大統領の支持率が3%ほど上昇した。

しかし、マクロン大統領の演説を聞いて、大聖堂再建への呼びかけだけでなく、フランス社会の「危機」に対しても呼びかけられているようにも見える。

去年11月、燃料税の引き上げに対する反発をきっかけに、マクロン政権に抗議する運動へと広がった「黄色いベスト運動」は、半年を目前にして一向に止む様子はなく、毎週末デモが行われている。この間、罪もない建築物や店、車などが焼き討ちに遭った。

まさに、非情な焼き討ちが日常的に起こっている時に、フランスの人たちが心から大切に思う国の象徴が焼ける事態が起きたのは、「本当に神からのメッセージなのか?」と、何か不思議な因縁かとまで思ってしまう。

今も続く黄色いベスト運動

こうした中での、マクロン大統領の演説は、「富裕層」VS「低所得者層」の分裂に苦しむフランス社会への呼びかけと重ね合わせたように見えた。喪失感と悲しみは続く一方で、案の定、「結束」は2日ほどしか続かなかった。
再建のために世界中から集まっている寄付金をめぐり、論争が起きているのだ。

集まった寄付金の一部は、低所得者層のために使われるべきとの声が上がっているほか、フランスの大富豪や大企業が、寄付によって大きな税額控除を受けられることに反発が出ている。大富豪ベルナール・アルノー氏は、「フランスでは、(公益となる)何かをするときですら批判され、とても悩ましい」と語っている。

また、若者たちには、ひどく冷めている人も多いことに驚く。「建造物が燃えて、大企業から募金が集まる。しかしその同じ企業は最低賃金で人を雇い、彼らの不幸は考えていない」などと、鋭いコメントを聞くことも少なくない。

さらには、黄色いベスト運動で格差社会を訴える国民の中にも、「今回の惨事を利用している政治家たちが許せない」との声も上がっている。火災後の4月20日、黄色いベスト運動のデモにフランス全土でおよそ2万7900人が参加した。自粛ムードが見られるのか注目したが、残念ながら再び焼き討ちが行われた 。

「悲しみ」と「革新」が混在!?

火災によって崩れ落ちる尖頭

何より驚いたのは、フィリップ首相による「国際コンペティション」の発表だ。火災によって倒壊した大聖堂の尖塔について、首相は、「今の時代に合った新しい塔を建設する」と述べ、国際的に再建計画を募集することになった。

当然、元通りに修復するものだと思い込んでいた筆者は、「今の時代に合った」という部分にとても驚いた。「変えてしまっていいのか・・・?」。フランスの人に聞いてみると、「そのままがいい」と答える人がいる一方で、意外と政府の方針に肯定的な答えが多かったのが印象的だ。

実は、今回焼け落ちた尖塔の部分が作られたのは19世紀であり、いずれにしても元の姿ではないのだから、「どちらでもいい」あるいは「変えてもいい」という答えだった。ルーブル美術館の中庭にガラスのピラミッドが設置された時にも、論争が起きた。しかし、今では誰もがその存在に慣れて、パリの風景の一部になっている。それと同じことだ、という指摘に、納得できる部分もある。

ルーブル美術館

「それでも、ミュージカルなどで見た、カジモドの姿が目に焼き付いて離れない」。
鐘楼から鐘楼へと、自由自在に飛び回り、人生そのものだったノートルダム大聖堂。彼の寝床だった屋根裏部屋も、燃えてなくなってしまったのが、悲しくてならない。

「神様、なんて世の中は、不公平なんでしょう。エスメラルダはあんなに美しくて、僕は醜い。何も持たないけれどあなたを愛している僕たちよりも、財宝を持つあの王たちを好んでいるのですか」-。
世の不公平に嘆くカジモドの歌は、不公平に憤る低所得者層と富裕層による格差社会に揺れる現在のフランス社会に通じているようだ。

ノートルダム大聖堂の惨事は、フランス社会の分裂を改めて浮き彫りにした。
その再建とともに、フランス社会がまた結束を見る日が来るのか、ゆっくり見守りたい。

【執筆:FNNパリ支局長 石井梨奈恵】

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