2月24日から開始された、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は3週間を迎えた。
アメリカのシンクタンクや国防総省の分析によれば、ロシア軍は圧倒的な武力を背景に電撃戦で首都キエフを制圧し、ゼレンスキー大統領を捕獲また殺害し、親ロシアのかいらい政権を樹立する「斬首作戦」を計画していたようだ。しかし、ウクライナ国民の反撃によってロシア軍は前進を阻まれ、戦線は膠着しているとされる。

攻撃を受けたキエフの集合住宅
攻撃を受けたキエフの集合住宅
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一方で、当初の目論見が外れたロシア軍は、民間人の犠牲も厭わないミサイル攻撃や空爆を行うなど、事態はさらに悪化している。今後、この戦争はどういった結末を迎えるのか。様々な意見も飛び交うが、アメリカで発表された2つの考察からその行方を見ていきたいと思う。

14日 ウクライナ首都キエフで集合住宅が砲撃される瞬間
14日 ウクライナ首都キエフで集合住宅が砲撃される瞬間

終結の4つのシナリオ

アメリカのシンクタンク「アトランティック・カウンシル」の研究者は、この戦争を「ここ数十年で最悪のヨーロッパ安全保障の危機」と警鐘をならしつつ、終結の4つのシナリオを提起している。

シナリオ1「奇跡のウクライナ防衛成功」(最も楽観的なシナリオ)
1つ目は、アメリカなどNATO諸国の防衛支援によって、ウクライナ軍がロシアの侵攻を食い止めるというシナリオだ。戦線が膠着状態に陥り、ウクライナ側が有利な状況となる。プーチン大統領はロシア軍の撤退を命じ、ウクライナは民主主義国家として存続する。戦争に敗北したロシアでは、プーチン氏への不満が増大し、絶対とみられていた権力が脅かされ始める。NATOにとっては、ウクライナが欧米に接近することで、安全保障面で環境が改善される。

ただ戦争は、ロシアとウクライナで何千人もの命を奪い、お互いの憎しみは残ったまま。しかも、プーチン氏が指導者として残り、より権威主義的になるか、別の指導者が生まれるのかは不透明だ。いずれにせよ、ロシアの動向が世界の平和と安全に与える影響は大きく、危険性をはらんでいる。

ウクライナ・ゼレンスキー大統領
ウクライナ・ゼレンスキー大統領

シナリオ2「戦争の泥沼化」
2つ目は、ロシアがウクライナ政府を倒し「かいらい政権」を樹立。しかし、ウクライナの人々は降伏せず、侵略者に対して武装闘争を続けるシナリオだ。

研究者は古代ギリシャ王ピュロスが、ローマとの戦いに次々と勝利するも、「払った犠牲と勝利」の対価が釣り合わないという故事を挙げて、「ロシアの勝利はピュロスのようなものだ」と考察している。ウクライナ国民の抵抗は、ロシアに多大な人的・財政的な負担を強いることになり、ロシアは予想をはるかに超える長期間の資源投入を余儀なくされる。アメリカなどが水面下で防衛支援を行うことで、ロシアは疲弊し、多くの暴力と犠牲の後に、最終的に撤退を迫られる。

旧ソ連がアフガニスタンに侵攻して、泥沼化したパターンと類似した状況になり、ウクライナは荒廃するが、国際社会におけるプーチン氏の威光は失墜し、国内でも側近の心が離れる。経済的な苦境などに対するロシア国民の怒りや不満が高まり、プーチン氏の立場が不安定となる。

バイデン大統領は次々とウクライナ支援策を発表
バイデン大統領は次々とウクライナ支援策を発表

実際に5日、アメリカの「ニューヨークタイムズ紙」は、アメリカ政府が、ウクライナの首都キエフが陥落し、ゼレンスキー大統領が拘束または殺害され「かいらい政権」が樹立された場合に備えた対応を検討していると報じた。アメリカ政府が別の指導者を擁立して「正統な政府」とし、その政権に対して軍事支援を行い、「かいらい政権」との間で戦闘を継続させる狙いがあるとする内容だ

「新冷戦」や「第三次世界大戦」を引き起こすシナリオも

シナリオ3「ロシアの属国化」
3つ目は、ウクライナ政府がロシアの侵攻により崩壊し、ロシアが支配に成功して「属国化」するというパターン。ウクライナ人の抵抗運動は起きるが小規模でロシアに鎮圧され、バルト三国から、ポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアと国境を接して、新冷戦とも言える「新たな鉄カーテン」が下ろされる。

ロシアのプーチン大統領
ロシアのプーチン大統領

ロシア経済は犠牲を強いられるが、戦争の勝利でプーチン氏の権力は強固になる。NATOとロシアが国境を挟んでにらみ合うことで、偶発的または、意図的に直接衝突する可能性が高まる。明確な成果も平和的解決の保証もないまま、長く膠着状態に陥る。

ゼレンスキー大統領はキエフで東欧3首脳と会談
ゼレンスキー大統領はキエフで東欧3首脳と会談

シナリオ4「NATOとロシアが戦争」(最も危険なシナリオ)
4つ目のシナリオは「最も危険なシナリオ」であり、NATOとロシアが全面戦争に陥るというものだ。ここに至る経緯も詳細に考察されている。

1.「NATOが飛行禁止区域の設定など直接的な介入」
現状ではアメリカも含めて、各国は飛行禁止区域の設定は拒否しているが、考察ではロシアが民間人への爆撃などをエスカレートさせれば、考えが変わる可能性があるとする。その場合、ロシアは撤退するか、NATOと戦争を開始するか、決断を迫られることになる。後者を選べば、NATOとロシアの武力衝突がエスカレートする危険性が大幅に高まるとしている。

2.「ロシアがNATOを誤って攻撃」
ロシアがNATO加盟国の領土を不正確なまま標的としてしまったり、敵味方を誤認して攻撃してしまう可能性だ。その場合には、ウクライナの国境地帯などで戦闘が始まり、攻撃と反撃の応酬が繰り返され、エスカレーションしていくというものだ。

3.「プーチンがさらに戦争を拡大」
「恐るべき」とも記されているが、プーチン氏がウクライナ以外の国まで手に入れようとするシナリオも挙げられた。ロシアがウクライナを支配した後に、旧ソ連の領域と同じ勢力圏にまで目を向ける可能性がこのパターンだ。「プーチンの思惑とNATOの覚悟を試すには、バルト三国(いずれもNATO加盟国)が有力であろう」としていて、プーチン氏がNATO加盟国にも軍事侵攻を始めると想定されている。

アメリカとロシアが軍事衝突した場合「核戦争」も懸念される
アメリカとロシアが軍事衝突した場合「核戦争」も懸念される

アトランティック・カウンシルはこの4つのシナリオを提示した上で、この戦争が「3つの理由から西側諸国に有利になりつつある」と指摘している。

1つはウクライナの勇敢な抵抗がヨーロッパ全体の支持を呼び起こしたこと。2つめに、プーチン氏やロシアがウクライナの覚悟と世界の怒りを過小評価していたこと。3つめが欧米の民主主義国家の明確な目的で強化されたことを挙げている。このような理由から長期的な見通しは西側諸国に有利に傾く一方で、戦争の不確実性によって、今後の見通しは不透明であり、楽観視できないとの考えも示している。

ウクライナ南部・へルソン 13日、市民が抗議するそばをロシア軍とみられる軍用車両が走行
ウクライナ南部・へルソン 13日、市民が抗議するそばをロシア軍とみられる軍用車両が走行

プーチン政権転覆も?NATOの軍事介入は変化するか?

続いてアメリカの元外交官のエステル・テトリアシュリー氏が17日、外交専門誌フォーリン・ポリシーに「ウクライナ戦争をどう終わらせるか?」との題名で寄稿した今後のシナリオを紹介する。

テトリアシュリー氏はウクライナの抵抗や、西側諸国による制裁は効果を上げている一方で、プーチン氏は、今後も攻撃をエスカレートさせ、ゼレンスキー大統領と国民にとって、屈服しないことの代償は非常に大きくなっているとして、3つのシナリオを提示している。

シナリオ1「痛み分けの膠着状態(部分的敗北)」
1つ目のシナリオは「最も可能性が高い」とされる。西側諸国がロシアの撤退と引き換えに制裁の段階的な解除に同意する。これ以上の犠牲者を出さないために、ゼレンスキー大統領も停戦に応じるというものだ。ウクライナの犠牲者を減らし、制裁を受けるロシア国民にも命綱を投げかけることになる。ロシアとは関係改善のために、経済と安全保障の利益を確保するための交渉が必要となる。ウクライナはEUに加盟する可能性はあるが、NATOの加盟はロシアとの終わりの見えない軍事サイクルに陥る可能性があるため見送られる。

ウクライナでは親ロシア派の政治家や市民などが粛正される懸念もあり、300万人を超える難民危機を収拾するのは困難な状況だ。ロシアは国際社会から完全に孤立し、戦争犯罪に問われる可能性もある。アメリカなどNATO諸国は、戦争をしないまでも、EU加盟国に対する抑止力として、軍事介入のオプションを示し、制裁を即時実行。平和維持軍をモデルに一定数の地上兵力の投入が含まれる可能性があるとしている。

ウクライナから避難した人であふれるポーランド・プシェミシル駅(2月27日)
ウクライナから避難した人であふれるポーランド・プシェミシル駅(2月27日)

シナリオ2「プーチンが目的を達成」
こちらはロシアがウクライナを破り、圧政を敷くシナリオ。その結果、ロシアは孤立し、ウクライナとベラルーシを囲む鉄のカーテンが再構築される。ウクライナでは長期にわたり反乱が起きる。さらに、国連総会で非難決議を棄権した国は、中国やロシアで構成する「上海協力機構」の加盟国とほぼ同じだとして、ロシアの同盟国となる可能性に言及している。

ロシアと中国の関係は深まり、欧米の制裁に対抗する動きも生じる。ロシアがヨーロッパの主要な石油・ガス供給国であるため、エネルギーに関する懸念が欧州の分裂を促すことも指摘している。この場合には、ロシアがモルドバやジョージアなど他の非NATO諸国に手を出す可能性があるため、NATOは条項を改訂し、軍事介入の在り方を変更する可能性に迫られるとしている。例えばとして、NATO加盟国と隣接する国に展開する監視軍や平和維持軍の創設を挙げている。

アメリカ政府は中国がロシアへの支援を検討しているとして懸念を示している
アメリカ政府は中国がロシアへの支援を検討しているとして懸念を示している

シナリオ3「プーチン政権の転覆」
こちらは、プーチン政権がクーデターや民衆反乱で倒れる可能性だ。民衆反乱で政権が変わった場合、民主派の指導者が後継につく可能性はあるが、実際には後継者はプーチン氏の側近が有力としている。中でもプーチン氏を支えていた側近や、「オリガルヒ」とよばれる富豪や有力者が血みどろの権力闘争を展開する。

その結果、ロシアは激しいポピュリズムとナショナリズムに傾倒していくと思われるとしていて、プーチン政権後のロシアがどのような姿になるにせよ、それは西側民主主義諸国が望むロシアではないかもしれないと考察している。

ロシアでは「反戦」訴え女性が生放送中のスタジオで抗議
ロシアでは「反戦」訴え女性が生放送中のスタジオで抗議

ゼレンスキー氏「世界のリーダーとは平和のリーダーである」

アメリカやヨーロッパ諸国などは、経済制裁を次々と繰り出しロシアを追い詰めるほか、ウクライナに対して軍事物資の支援も積極的に行っている。一方で、NATO加盟国ではないウクライナに軍隊を派遣すれば、核兵器を持つロシアとの間で、「第三次世界大戦」や「核戦争」の懸念がある。

バイデン政権も軍事侵攻前から「アメリカ軍はウクライナに派遣しない」と繰り返してきており、この発言が軍事的なオプションを捨て、プーチン氏にウクライナ侵攻を決断させたと批判の声も挙がっている。ゼレンスキー大統領のSNS動画などは、アメリカ国民にも「ヒーロー」として人気を博しているものの、最新の世論調査を見ても、アメリカ人の大多数は同盟国ではないウクライナに対するアメリカ軍の派遣に反対している事情もある

ゼレンスキー大統領は16日のアメリカ議会での演説で「バイデン大統領、あなたが世界のリーダーであることを望む。世界のリーダーとは、平和のリーダーである」とバイデン大統領にこの軍事侵攻の解決に向けた指導力の発揮を訴えた。

ゼレンスキー氏は各国の議会でオンライン演説。アメリカでは出席議員が総立ちし拍手喝采を送った。
ゼレンスキー氏は各国の議会でオンライン演説。アメリカでは出席議員が総立ちし拍手喝采を送った。

上記に記載した7つのシナリオのどれが実現しても、別の結末に至ったとしても、ウクライナの国民が苦しむことには変わりはない。そして、この戦争の結果が、これからの世界に、大きな変化を生じさせることも間違いない。ウクライナとロシアの断続的な停戦交渉や、各国首脳による外交努力は今も続けられている。一刻も早い戦争の終結に向けた世界の団結が問われていると感じる。

【執筆:FNNワシントン支局 中西孝介】

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中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。