自動車の極めて悪質な運転行為に対して適用される「危険運転致死傷罪」をめぐり、その基準の“曖昧さ”が問題となっている。被害者の遺族らが基準の明確化を求める中、法務省は2025年9月、速度と飲酒運転について、数値基準の「案」を示し、今後議論されることになった。
■一般道を“時速146キロ”で…なぜ「危険運転」ではない?
多くの車が行き交う三重県津市の国道23号線。2018年12月29日、この場所で起きた凄惨な事故で、大西まゆみさんの息子、朗さん(31)は命を落とした。

大西まゆみさん(66):
「何にもなかったように今はなっていますけど。7年前はそんな大きな事故があったんだな、息子がなくなってしまったんだなと思うとね。お通夜の日も、お葬式の日も、虹が出ていたんです。それからずっと虹を見ると、朗が『僕は大丈夫やで』って言ってくれている気がしてね」

ドライブレコーダーには、猛スピードで駆け抜ける白い車が映っていた。そのブレーキランプが灯った直後、タクシーと衝突する事故が起きたとみられている。

タクシーは右側の座席が大きくめり込むほど大破し、乗客3人と運転手1人が死亡、乗客1人が重傷を負った。

死亡した乗客の1人が、まゆみさんの息子、朗さんだった。
起訴状によると、事故を起こした白い車は、時速146キロの猛スピードで、朗さんたちが乗ったタクシーに衝突した。現場は一般道で、法定最高速度は半分以下の60キロだ。

運転していた男は、危険運転致死傷罪で起訴されながらも、一審の津地裁は「危険な運転だが、事故が起きる可能性を想定していなかった余地が多分にある」と、過失運転致死傷罪を適用した。法定刑の上限となる「懲役(当時)7年」が言い渡されたものの、危険運転致死傷罪の最高刑の20年とは、13年もの開きがあった。
母親であるまゆみさんが、納得できるはずはなかった。
大西まゆみさん(2020年6月):
「このままもし、過失運転致死傷罪で7年で終わってしまったら、うちの息子たちの死が無駄になってしまう。そういう事で泣く人がこれから出ないように、闘っていきたい」

しかし、二審の名古屋高裁は「制御困難な速度とはいえない」として控訴を棄却し、過失運転致死傷罪での判決が確定した。
大西まゆみさん:
「『なんで?』と思って。まさか危険運転致死傷がこんな法律だとは…想像すらつかなかった。“時速146キロ”というのは危険に決まっているって」

なぜ、最高速度60キロの国道で146キロものスピードを出した車両が、法律上「危険運転」とされないのか。そこに、法の曖昧さがある。
危険運転致死傷の要件は「進行を制御することが困難な高速度」や、「アルコールの影響で正常な運転が困難な状態」で人を死傷させることとなっている。

加えて不注意ではなく、故意にそのような運転をした場合に適用されるが、時速146キロでの一般道の走行が「制御困難ではない」とされたように、いったい何が基準になるのか、その表現は曖昧だ。
■遺族「死を無駄にはしない」 あいまいな基準を「数値化」へ
まゆみさんをはじめ、交通事故被害者の遺族などは、基準の明確化を求めて声を上げてきたが、2025年9月、ようやく危険行為を数値で線引きする「たたき台」が初めて示された。
「速度」は、最高速度が時速70キロ以上の高速道路と、時速60キロ以下の一般道にわける想定になっている。
最高速度60キロ以下の一般道では、
【A案:40キロの速度超過】
【B案:50キロの速度超過】の2つの案が示された。

例えば、時速40キロ制限の道路を、A案では時速80キロ、B案では時速90キロを超えるスピードで走行して死傷事故を起こした場合、一律に危険運転を適用する。
最高速度70キロ以上の高速道路については、
【A案:50キロの速度超過】
【B案:60キロの速度超過】が示され、
時速80キロ制限の道路の場合、A案では時速130キロ、B案では時速140キロを超えると適用される。
また、呼気1リットルに含まれるアルコール濃度は、
【A案:0.25ミリグラム以上】
【B案:0.5ミリグラム以上】と、
これまで曖昧だった危険運転の要件に具体的な「線」が引かれようとしている。

数値の案が初めて示されたことについて、まゆみさんは…。
大西まゆみさん:
「今までは『どれだけスピードが出ているか分からなかった』とか、『危険だと思わなかった』とかで逃げられたけど、それはもう逃げられないから。数値で一発アウトにできるということは、(裁判で争う)労力も時間も短縮されて、本当にいいことだと思いました。」
一方で、飲酒やスピードの基準が高すぎるとも感じ、2026年の法改正を目指す、議論の行方を見守っている。

大西まゆみさん:
「(Q.今の基準案ではまだ)足りないんです。でも、今までよりは良くなる。少しでも良くなってほしいという思い。判決があった頃に『こんなの絶対間違っている。こんな法律、間違っている』って。朗の死を無駄にしないためにも、悲しい出来事だけには終わらせない」
■数値基準は高すぎる?専門家の見解は
「過失運転致死傷罪」の場合、法定刑の上限は7年で、一方の「危険運転致死傷罪」は上限20年と、大きな開きがある。
そして大西さんのケースのように、「危険運転」で起訴されたのに、裁判では「過失運転」にとどまるケースも相次いでいる。
現状では、スピードであれば「制御困難」という要件があいまいで、遺族を中心に不満の声が上がっていた中、たたき台として示されたのが「数値基準の案」だった。
遺族からは「もっと基準を下げてもいいのでは」という声もあるが、設定された基準について、交通事故が専門の弁護士に見解を聞いた。

しまかぜ法律事務所の井上昌哉弁護士:
「そこまでスピード出ていたら、スピード超過の故意がある、制御不能の故意があるというところまで、速度超過を設定する必要があった。50キロとか60キロもオーバーしていたら、さすがにそれは制御困難な『故意があった』とみなして、故意犯として処罰しても十分だという考えで、速度を高めに設定する判断をされたと」
一方で、スピードに関しては数値だけでなく、「重大な危険の回避が著しく困難な高速度」という要件も新たに明記され、数値基準に達していなくても適用する余地を残していて、これらの案をたたき台として、今後議論される。
