紛争の原因の一つだった湖水

米国の仲介で歴史的な関係正常化を果たしたセルビアとコソボは、紛争の原因の一つだった両国間にまたがる湖水を「トランプ湖」と名付けて和解の象徴とすることにした。

コソボ北部からセルビアにかけて細長い人工湖がある。コソボでは「ウジマン湖」と言い、セルビアでは「ガジボダ湖」と呼ぶ。全長約24キロで、その内77%がコソボ内に23%がセルビア領内にある。

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この湖では、コソボの消費電力の95%を発電し、人口約180万人の3分の一の飲料水を賄っていて、コソボのいわば「生命線」的な存在だ。しかし、60年前にこの湖水が建設された時は旧ユーゴスラビア連邦共和国の資金が使われたので、連邦の一員であったセルビアに所有権があるとの理由から、セルビアから分離独立を目指すコソボには支配権が渡されなかった。

両地域は死者50万人ともいわれる武力衝突を繰り返し、その間に仏などの仲介で何度も交渉を行ったが関係は改善されず、その原因の一つにこの湖水の帰属問題があったとされていた。

湖水の呼び名をめぐり・・・

今年8月から米国の仲介で始まった交渉でもこの問題が難関とされ、ホワイトハウスで会談したセルビアのアレクサンダル・ブチッチ大統領とコソボのアブドゥーラ・ホティ首相は、湖水をどう呼ぶかですら合意できなかったという。

セルビアのアレクサンダル・ブチッチ大統領(左)とコソボのアブドゥーラ・ホティ首相(右)
セルビアのアレクサンダル・ブチッチ大統領(左)とコソボのアブドゥーラ・ホティ首相(右)

そこで、交渉を仲介していた米国のリチャード・グレネル大使が「仮にトランプ湖としたら如何」と提案すると、両首脳は「それは良い!」と、湖水を「トランプ湖」と呼んで話を進めることになったという。

「私は冗談のつもりでトランプ湖を提案したのですが、これが受けたんですよ」
グレネル大使は、AFP通信にこう話している。

これで、コソボとセルビアの関係正常化交渉はいっきに進み、4日トランプ大統領も同席して経済協力の合意文書が署名されたもので、「世界の火薬庫」とも呼ばれるバルカン半島でくすぶっていた紛争の火種を、30余年ぶりに消し止めることになった。

ホワイトハウスで行われた署名式 
ホワイトハウスで行われた署名式 

合意発表の後、湖水のセルビア側にあるダムには「トランプ湖」と書かれた大きな横断幕が掲げられた。命名者のグレネル大使はこの写真をツイートして合意を祝福した。

グレネル大使のツイッターより
グレネル大使のツイッターより

ノーベル平和賞候補に推薦

この合意は、地元米国ではほとんどニュースにはならなかったが、スエーデンの国会議員マグナス・ヤコブッソン氏はこの合意の功績で、米国政府とコソボ、セルビア両政府を、来年のノーベル平和賞候補に推薦したと発表した。

マグナス・ヤコブッソン氏のツイッターより
マグナス・ヤコブッソン氏のツイッターより

地元で横断幕を掲げるほど喜んでもらえるのであれば、このニュースはもっと積極的に評価されても良かったのではなかろうか。

(関連記事:29年ぶりにコソボ・セルビアの敵対関係に終止符 トランプ大統領に三つめのノーベル平和賞推薦も?)

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン+図解イラスト:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。