戦後80年の今年、”慰霊の訪問#を続けられている天皇皇后両陛下。
広島訪問2日目のきょうは77人が犠牲となった広島土砂災害の被災地などを訪問されました。2日目のご様子を振り返ります。

20日朝、宿泊先のホテルを出て、広島市安佐南区八木へ向かわれた両陛下。
2014年の広島土砂災害では災害関連死3人を含む、77人もの尊い命が奪われました。

両陛下は最も被害が大きかった、県営緑丘住宅近くに建設された砂防ダムを訪れ、中国地方整備局長から被災状況の説明を受けられました。
両陛下は時折、質問をされた上で、被害の大きさに胸を詰まらせているご様子だったということです。


その後、多くの住宅が土石流に巻き込まれた谷筋の上流と下流に向かって、それぞれ1度ずつ、黙礼されました。

また、土砂災害の教訓や知識を伝承するために2023年、開館した「広島市豪雨災害伝承館」で被災者の証言などをもとに被害状況を伝えるパネルをご覧になりました。


【高岡正文館長】「当時は何かが起こるということを何も考えていなかった。逃げてもいないし。未来には絶対何が起こるかわからないよと」
【雅子さま】「おうちが全壊?」
【高岡館長】「そうなんです。命が助かったということだけでも家族がみんな元気なので、それはありがたい」

続いて、土石流で自宅が損壊し、当時77歳の母親を亡くした澤本恭宏さんと恭宏さんの娘の陽奈さんと言葉を交わされました。

【陛下】「大変だったですね。お母さまが亡くなれて」
【澤本恭宏さん】「自宅が土砂で崩壊して寝ていた母が土砂で流れて亡くなりました」

【被災した澤本恭宏さん】
「大変でしたねという言葉をいただいた。印象は包み込むような方だなと」

澤本さんのほかにも、自宅の裏山が崩れ、当時11歳の長男と2歳だった三男を亡くした平野さん夫妻とも懇談されました。

【平野朋美さん】
「防災に関する活動を立派な活動ですねと言っていただいて救われるような言葉をいただいた」

そのあと、両陛下は広島市にある原爆養護ホーム「矢野おりづる園」で入所している被爆者と懇談されました。

【陛下】「こちらの生活はいかがですか?」
【河野良雄さん(93)】「何とか元気にやっています」
【雅子さま】「おいくつに?」
【河野さん】「93歳」
【陛下】「原爆で大変でいらっしゃった?」
【河野さん】「そうですね。両親が亡くなり原爆孤児になりました。B29が来て「落下傘が降りよるぞ」と友達が言ってびっくりして、(見たときに)パッときたんですよ。これが原爆投下の瞬間の出来事でした」

現在の生活や体調、また被爆当時の状況などを一人一人に丁寧に尋ねられました。

【河野良雄さん(93)】
「同情する気持ちを表してもらいました」

【瀬川孝子さん(93)】
「健康のことをご心配してくださって、それが一番印象に残っています。常に国民に寄り添っていただいているお姿をうかがうことができました。感謝しております」

2日間の日程の多くを被爆者との懇談や被爆の実相に触れる時間に費やされた両陛下。まもなく被爆地広島を後にされます。

テレビ新広島
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