親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる、慈恵病院のこうのとりのゆりかごは
今月、開設から18年を迎えました。
これまでに預け入れられた179人のうち、初期の頃預け入れられた赤ちゃんは、成人年齢を迎えることになります。
『18年』という大きな節目の年の動きを追いました。
【5月2日 慈恵病院・蓮田健理事長】
「(ゆりかご開設して)今年18年になりますから、18年前に預けられた赤ちゃんは18歳になるんですよね。ですからもう、出自情報の開示にも達している」
「子どもが生みの親の情報を開示できる年齢は原則18歳」
ゆりかごに預け入れられたり、内密出産で生まれた子どもをめぐり、今年3月、出自を知る権利に関する報告書が初めて示されました。
報告書は、熊本市と慈恵病院が共同で設置した検討会が約2年をかけ、まとめたものです。
【3月21日 報告書を作成した検討委員会 森和子座長(元・文京学院大教授)】
「今後子どもからの開示請求が増加する可能性があることから、今回の報告書で具体的な考え方をお示しできたことは、一つの成果だったと考える」
報告書は、これまで明確にされていなかった『出自情報とは何か』を示し、生みの親の氏名や住所・生年月日、妊娠出産の経緯などを『父母に関する情報』に分類。
そして『子どもに関する情報』とは別に保存すべきとしたうえで、そのいずれもを
『出自に関する情報』と定めました。
将来子どもから父母に関する情報の開示を求められた場合は、その時点で、生みの親に「開示していいか確認が必要」としています。
その開示請求が可能な子どもの年齢は18歳が「適切」で、本人の精神的な安定と周囲のサポートがあれば、15歳以上も可能としました。
また報告書は子どもが出自に関する情報を知るプロセス、『真実告知』にも言及。
その責任は養育者だけが負うものではなく、医療機関や児童相談所、養子縁組あっせん機関などが子どもや養親に寄り添い、サポートする体制が必要としました。
国内にはこれまでなかった子どもの出自を知る権利に関する報告書、関係者はどう見ているのでしょうか。
【24年7月シンポジウムにて 坂口明夫さん】
「私自身は簡単に言うと不倫で生まれた子どもでした。だから認知されるまでに何年か空白がある」
福岡県の社会福祉法人甘木山学園で理事を務め、子どもたちの支援に携わる荒尾市の坂口明夫さんは生みの親と暮らすことなく里子として7つの家庭を転々としながら育ちました。
【24年11月 坂口明夫さん(51)】
「自分の本当の名字は何なんだろう、小さい頃の写真が少ないとか、(家族と)顔が似ていないとか、親戚の話をたぐっていくとどうやら望まれない出産だったんだなと」
坂口さんは周囲の話をつなぎ合わせ自分の生い立ちを理解したと言います。
里親家庭で育った当事者であり、今はさまざまな事情を抱える子どもたちを支える仕事をしている坂口さんは、今回の報告書に関心を寄せていました。
【今月・社会福祉法人 甘木山学園理事・熊本県児童家庭支援センター協議会会長 坂口明夫さん】
「実はうちの職員会議でもこれ(報告書)を示しながら、『共有して勉強会するよ』って、さっき言ったばかり。とても嬉しいと言いますか、ありがたいというか。
少しだけ本音で言うと、あまりにも遅いと言えば遅い。もっとこういうものは、はっきり国として行政として、もしくは法律として作り上げるべきだと前々から思っていました」
開示請求可能な年齢は18歳が適切、そして開示には生みの親の同意が必要とされたことについては。
【5月1日・甘木山学園理事・熊本県児童家庭支援センター協議会会長 坂口明夫さん】
「年齢で区切る必要があるのかなっていうのが、正直な感想でもあります。12歳、中学生に上がるくらいからは特に思春期で、子どもたちが一番揺れる時に知りたい、知りたくない、となる時に権利があったらいいのかなというのは現場で働いていてそう思います。子ども側からすると全部知りたい。伝えたくない理由まで開示してくれたら、落としどころがあるのかなと思っている。なぜこういうことが伝えられないかとか。私自身の経験で言うと、そこも含めて教えてもらった方が僕はストンと落ちるタイプだった」
子どもの出自を知る権利について、坂口さんは自身の経験をもとに、こう述べました。
【5月1日 甘木山学園理事・熊本県児童家庭支援センター協議会会長 坂口明夫さん】
「何でこんなに大人が言うことは変わるのだろう、あの人はこう言っていたけどこの人はこう言って、どっちが本当なんだろう。そうすると受けた側の子どもの思いとしては『嘘をつかれた』とか『ごまかされた』とか、『結局俺には何も教えてくれない』となる。
(子どもには)真実を知る権利がある。そのためのプロセスを保障するのが私たち大人や社会の責任ではないか」
そして、私たちはゆりかごに預け入れられた子どもと特別養子縁組を結び、九州地方で育てている養親にも、今回の報告書をどう見ているか聞きました。
【養親】
「当事者の一人としては、これまで出自を知る権利について明確に示されたものがなく、とても思い悩んでいました。
今回の報告書はとても大きな進歩だと思います」
現在子どもは小学生、養親は真実告知をスタートさせている状況で、子どもは血縁がないことをすでに理解しています。
しかし、ゆりかごに預け入れた人や生みの親の情報がないため、養親は子どもとの向き合い方に苦労しているそうです。
【養親】
「子どもから『生みの親について知りたい』と言われたら、関係機関の協力を得て
できる限りのことをしたい。ゆりかご預け入れ時の様子などを、慈恵病院から子どもに説明してほしい。そして児童相談所にある情報を子どもに提供してほしいと思います」
病院は今後、いつ子どもから開示請求されてもおかしくない状況です。
【5月2日 慈恵病院 蓮田健理事長】
「ゆりかごとか内密出産の世界では、必ずしもお子さんが喜んでくれるとか元気づけてくれるとかいう情報ばかりではない。むしろ記録を見返すと、お子さんが傷ついてしまうような情報の方が多いのが現実です。
(開示請求した)お子さんに対しては心理の専門家にもついてもらってケアもしてもらいながら、情報をお伝えするような手続きを予定している」
【5月2日 慈恵病院内の部屋 蓮田健理事長】
この日、蓮田健理事長は病院マニュアル作成の仕上げの作業をしていました。
Q後に続く病院や施設にも活用してもらえるマニュアル?
「そうですね。例えば東京の病院が今(赤ちゃんポスト)を始めたが、これからお子さんが18歳になるまで分からない。
それを(慈恵病院は)18年たったわけなので、その立場に病院が立ったときどうしたらいいのかというのを今作っているわけです」
ゆりかご開設18年、成長する子どもが「知りたい」と思ったとき、その気持ちに
どう応えていくのか。
新たな局面を迎えています。