ゆるキャラ同士の法廷闘争が泥沼化している。高知県須崎市のマスコットキャラクター・カワウソの『しんじょう君』と、秋葉原観光推進協会公式キャラクター『ちぃたん☆』。まるで双子のような2体は、いったんはコラボ関係を築くも、『ちぃたん☆』の過激な活動を市が問題視して決裂。「著作権侵害だ」「名誉棄損だ」と訴えあい、骨肉の争いを繰り広げている。

どうしてこんなことになってしまったのか…。知的財産に詳しい牧野和夫弁護士に話を聞いた。
人気者同士のコラボだったハズが…
2013年に須崎市のマスコットとして誕生した『しんじょう君』。SNSを活用したユニークなPR戦略も受けて、2016年には「ゆるキャラグランプリ」で優勝。一躍、全国区の人気者となった。

『しんじょう君』人気をさらに高めるべく、須崎市は、SNSで人気だった実在するコツメカワウソの『ちぃたん☆(※以下、リアルちぃたん☆)』を観光大使に任命。
その後、『リアルちぃたん☆』の飼い主である芸能事務所が『キャラクターちぃたん☆』を製作。『しんじょう君』のデザイナーがデザインを担当し、『しんじょう君』そっくりの『キャラクターちぃたん☆』が誕生した。
ところが…
『ちぃたん☆』過激化で市にクレーム殺到 訴訟合戦はじまる
『キャラクターちぃたん☆』は、ゆるキャラとは思えないダイナミックな動きを武器に活動を開始。瞬く間に人気を博し、2018年、Twitterの個人部門で最もリツイートされるなど、目覚ましい活躍を見せた。しかし、その過激な行動を批判する声も多く、非公認で須崎市の観光大使を自称していたため、須崎市にクレームが殺到。

2019年、須崎市は、『しんじょう君』を守るべく、『リアルちぃたん☆』の観光大使解任と、『キャラクターちぃたん☆』の使用禁止を求める申し立てを行った。

しかし、須崎市の願いむなしく、申し立ては却下。即時抗告するも棄却された。
両者の争いはこれで終わらず、法廷闘争が続くことになる。
法廷闘争“第二幕”突入も、『しんじょう君』は厳しい闘い続く…
今度は『ちぃたん☆』側が反撃開始。2021年、「ちぃたん☆を無断使用している」と須崎市に主張されたことで営業妨害を受けたとして、市に対し4324万円の損害賠償請求をおこしたのだ。
それに対し、須崎市は反訴(※被告が原告に対し同じ手続きの中で訴訟を提起し返すこと)。『キャラクターちぃたん☆』の使用差し止めと損害賠償(不当利得返還)を求めた。

そして2025年2月7日。東京地方裁判所は、須崎市の請求を棄却。『ちぃたん☆』側の訴えを認め、市に約786万円の賠償を命じる判決を言い渡した。
しかし翌3月、須崎市は「納得がいかない」と東京高等裁判所に控訴した。

こじれまくりの両者の争い。いったいなぜこんなことになってしまったのか。弁理士と弁護士の資格を持ち、商標権や著作権問題に詳しい牧野和夫氏に話を聞いた。
“先使用権”で『ちぃたん☆』の商標登録は無効にできる?
【牧野和夫弁護士】
この争いの中で気になったのが「商標権」です。商標権は早い者勝ち。先に登録した人が権利を持ちます。『ちぃたん☆』側は、正式なお披露目前に商標権の登録をしていますから、計画的に動いていたと言えます。

Q:『ちぃたん☆』が商標権登録をしたことで、『しんじょう君』にどのような影響がありますか?
通常は、登録後に他者が似たキャラクターを使ってグッズを販売したりすれば、商標侵害となり、行為の停止や損害賠償を求めたりできます。そのキャラクターを他の人は使えなくなるのです。
しかし今回のケースは、『しんじょう君』の方が『ちぃたん☆』より先に誕生し使用された事実がはっきり立証できますから、「先使用権(せんしようけん)」が認められます。
「先使用権」とは、商標権を主張してきた相手に対して、「こちらが先にこの商標を使っているので、今後も継続して使用できます」と主張できる権利です。「先使用権」が認められれば、商標侵害とはなりません。

また、商標出願時に『しんじょう君』が使用されていた事実を主張して、『ちぃたん☆』の商標登録に無効審判請求を行い、登録を無効にできるかもしれません。商標登録は白紙に戻る可能性があるということです。
『しんじょう君』の登録は絶望的…どうするべきだった?
Q:『ちぃたん☆』の商標登録が無効になった場合、活動停止を求めることは出来ますか?
須崎市(しんじょう君)が商標権を持っていれば出来ます。
しかし、仮に『ちぃたん☆』の商標登録が無効になっても、おそらく『しんじょう君』の商標登録は出来ないと思います。なぜなら、既に似たような『ちぃたん☆』が登録されてしまったので、「識別力がない」と判断され、申請が拒絶される可能性が高いのです。
もし須崎市が最初に商標権を登録してさえいれば、類似の『ちぃたん☆』を使用禁止にすることができ、このようなトラブルには発展しなかったかと思います。
「信頼関係」と「ビジネスモード」差が生んだ結果…
須崎市のマスコットとして最初に誕生した『しんじょう君』ですが、契約書を交わさず、信頼関係という曖昧なものに頼ってしまったこととで、このような争いを招いてしまいました。
ゆるキャラは全国各地で活躍し、すっかり定着したものとなりましたが、まだまだ法的には十分な対応がされていないと感じます。
その点、『ちぃたん☆』側は最初からビジネスとしてとらえ、おそらく専門家に相談しながら進めてきたのでしょう。現状は、その差が出ているのだと思います。

大切なことは、キャラクターを作ったら、まずは商標登録を行っておく。そして他者と何かをする際は、しっかり取り決めをして、口約束ではなく書面で残す。契約書がベストですが、個人作成の覚書などでも、箇条書きでも良いので、「こういうことに気をつけましょう」と交わして下さい。
ゆるキャラは、人々を楽しませてくれるものです。しっかりとその権利を管理し、晴れやかに活躍してくれることを期待したいです。
(牧野和夫弁護士)
取材:高知さんさんテレビ