その地域ならではの特色あふれる「まつり」だが、少子化や担い手不足で存続が難しくなっているものが多いことも事実。福島県須賀川市長沼地区で、昭和60年から始まった「長沼まつり」は、色鮮やかな「ねぶた」や「ねぷた」が繰り出し、長沼の夜を染め上げる特別な一日となる。そのまつりが2024年9月14日、約40年の歴史に幕を下ろす。
最後のねぶた作り
まつりまで1週間に迫った9月6日、大きなねぶたが完成に近づいていた。
「最後の色塗りが一番楽しいです。もう仕上げですから。毎日色がついていって、毎日変わる。形が見えてくると楽しくなってきます」
こう話すのは、まつりの歴史とともにねぶたを作り続けてきた「私たちのねぶた愛好会」代表の矢部昇伸さん。

「ねぶた作りが来年からなくなると、夏をどう過ごそうかなって。そういう寂しさもある」と語る。

ねぶたに込めた思い
かつて3万人もの観客が訪れた「長沼まつり」だが、少子化による担い手不足で伝統は途絶えることとなった。

仕事終わりに仲間とねぶたを作るかけがえのない時間も、あとわずか。思いを込める今年のテーマは「戦国時代の武将・山中鹿之助」だ。

「とにかく何事も諦めない武将だった。”我に七難八苦を与えたまえ”というような、自分で困難に立ち向かっていく武将。それにあやかって、私たちも今年で最後になるけれど、これからそういう気持ちでやりたいなと」と矢部さんは語る。
最高の出来 最高のまつりに
最後のまつりは「最高のまつりだった」と言わせたい。「悔しさ」という困難に立ち向かう仲間たちも同じ思いだ。

私たちのねぶた愛好会代表の矢部昇伸さんは「特に今年、最高の出来なのです。本当に動いているような感じでできたので、そこが今までになく、よくできたかな」と話す。

ねぶたの光が、いつまでも明るく訪れた人の心と長沼の未来を照らすように。矢部さんの最後のねぶたが、今年もまつりを彩る。
地域がつないできたまつり
「長沼まつり」のはじまりは、別の地域で作られたねぶたが長沼に譲り受けられたところからだという。その後、矢部さんをはじめ各地区でねぶたが作られるようになった。

地域の人たちの手でつながれてきたまつりだが、長沼地区の人口は20年ほど前と比べて約1800人減っていることもあり、存続が難しくなってしまった。

開催は最後とはなるが、矢部さんたちが作ったねぶたや、まつりの賑わいがみんなの心に残り続けるだろう。
(福島テレビ)