2023年9月、阪神タイガースの優勝で注目を集めた焼酎「虎の涙」。この焼酎を造っていたのは珠洲の蒸留所だ。能登半島地震で大きな被害を受けながらも焼酎造りを続けると決めた社長の思いに迫る。

能登半島地震で大きな被害を受けた日本醗酵化成の蒸留所
能登半島地震で大きな被害を受けた日本醗酵化成の蒸留所
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さいはての蒸留所を襲った2年で3度の大地震

「虎の涙」と名付けられた美しい琥珀色の酒。2023年秋、阪神タイガースが18年振りの優勝を果たした際、話題となった焼酎だ。この焼酎を作っているのは珠洲市野々江町の「日本醗酵化成(にほんはっこうかせい)」2022年6月、2023年5月と2度の大地震で被害を受け、阪神フィーバーでようやく復興へと歩みを進めた時に起きたのが、2024年1月1日の能登半島地震だった。

蒸留所内は焼酎を作ることができない状態に
蒸留所内は焼酎を作ることができない状態に

5月に蒸留所を訪ねると、施設の配管は切れ、焼酎の元となる原酒が入った樽は地面に散乱。空いた穴から原酒が流れ続けているが、酒税法の関係で中身を取り出すことすらできない状態だ。「今はどれも使えない。直せていないのは悲しいというか、悔しい」3代目社長の藤野浩史さんは、地震の発生から4カ月以上経った今もほぼ発災当初と変わらない蒸留所の現状に悔しさをにじませる。

3代目社長の藤野浩史さん
3代目社長の藤野浩史さん

「今できることを」事業再開に踏み切ったのは従業員の雇用を守るため

焼酎の蒸留所は県内で唯一のため他の酒蔵に頼ることもできない。それでも今できることをしようと、藤野社長は揺れに耐えた焼酎の袋詰めを始めた。焼酎は事業再開の資金を集めるために始めたクラウドファンディングの返礼品にもなっている。藤野社長は資金が集まれば、まずは樽の中で無事だった焼酎の瓶詰めをできる設備を整える予定だ。

割れずに残った商品はクラウドファンディングの返礼品にもなる
割れずに残った商品はクラウドファンディングの返礼品にもなる

藤野社長がクラウドファンディングで寄付を募り、事業再開を急ぐ理由。それは従業員の雇用を守るためだ。「従業員の人数減らしたりとかっていう考えもあるが、従業員にも生活がある。仕事がないと地元から離れたり、離れたくなくても離れざるを得なくなる」藤野社長は話す。従業員は藤野社長にとって家族のような存在だという。「私が思ってるだけかもしれないけどこういう辛い地震があっても助け合って笑い合っていってる会社だと思う」

事業再開を決めたのは従業員の雇用を守るため
事業再開を決めたのは従業員の雇用を守るため

社長の背中を押したのは、息子の作文

2月、日本醗酵化成に嬉しい知らせが飛び込んできた。藤野社長の息子・結大さんが、2023年の被災体験を元に書いた読書感想文が内閣総理大臣賞を受賞したのだ。

藤野社長の息子、結大さん
藤野社長の息子、結大さん

「僕の家は70年以上前から焼酎を作る店をしている。店の壁にはひびが入り、多くの酒びんが割れた。焼酎をつくる一番大事な機械が壊れ、家族全員が絶望的な気持ちの中、片づけに追われた。そんなとき、止まない地震を知って励ましの電話をかけてくれた人がいた。残った商品を買ってくれた人。食べ物を届けてくれた人。不安な気持ちを支えてくれた身近な人たちの言動に、僕は中村さんと同じような『心』を感じた」

結大さんはアフガニスタンで凶弾に倒れた医師、中村哲さんに関する本を題材に、地震での被災体験を踏まえて当時の気持ちをつづった。藤野社長は「こういう地震があって私たち親が子どもを励まさないといけない立場なんですけど逆に子どもに励まされた」と振り返る。妻・裕子さんも結大さんの作文に勇気づけられたという。「受賞を受けた2月の時は地震のショックで会社のこととかあまり考えられなくて、気持ちが沈んでいた時期だったので、息子の文章を読んで背中を押されたような、私たちも頑張らなきゃなと、力をもらいました」

再び焼酎を仕込める日までできることを続ける日本醗酵化成
再び焼酎を仕込める日までできることを続ける日本醗酵化成

2年間で3度の大地震。藤野社長は発生当初は珠洲を離れることも考えたが、家族と従業員を守るため県内唯一の焼酎をこの地で作り続けることを決めた。「またここで焼酎を仕込んで支援してくださったお客様とか問屋さんに少しでもいい商品を作ってそれをまた返せるようにしたい」藤野社長の思いだ。クラウドファンディングは通販サイト「COREZO」で5月31日まで行われている。

石川テレビ
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