2023年は「戦後最悪」と言われてきた日韓関係が一気に改善した年だった。
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領がいわゆる元徴用工問題に解決の道筋をつけたことで、両国関係は大きく前進した。3月に日韓首脳会談で来日した尹大統領を岸田総理がすき焼き店と洋食店をはしごしてもてなしたのは印象的だった。両首脳が2023年に行った日韓首脳会談は実に7回だ。
一方で、両首脳は共に国内での支持が低いという政治的課題を抱えている。課題まで同じとは皮肉なほど仲が良い……。

尹大統領にとって2024年で最も大切な政治イベントは、4月に迫る総選挙だ。しかし、尹大統領を支えるはずの金建希(キム・ゴンヒ)夫人(51)が総選挙の「争点」になろうとしている。
異彩を放つファーストレディー 疑惑で謝罪も…
金夫人は美術展示会社を設立するなど、韓国初の「キャリアウーマン出身」のファーストレディーだ。大統領夫人としての活動を紹介する「ファンクラブ」に8万5000人が登録するほどの人気ぶりで、そのファッションは常にメディアで注目されるなど、これまでの大統領夫人の中でも異彩を放つ存在になっている。

ただ、2022年の大統領選挙の時から様々な疑惑が取り沙汰されてきた。
信憑性のないデマやゴシップもあったが、2007年に大学の客員教授ポストに志願書を提出した際に、職歴や受賞歴を偽った疑惑が報じられ、2021年末にカメラの前に姿を現し国民に謝罪している。
過去の疑惑が再び国会で焦点に
そして今、取り沙汰されているのは「株価操作事件」に加担したという疑惑だ。輸入車のマーケティング会社「ドイツモーターズ」の代表が知人と共謀し株価を操作したこの事件で、資産家として知られる金夫人の母と金夫人が関与した疑惑がもたれている。
警察は一度、金夫人らについて「嫌疑なし」との結論を下しているが、最大野党「共に民主党」などは捜査が政権に配慮した不十分なものだったとして「金建希女史特検法」の必要性を主張してきた。
「特検」とは、大統領周辺や政府高官などの関与が疑われ、通常の捜査では政治的中立の確保が難しい場合に任命される「特別検察官」のことで、国会で事案ごとに法律を制定し、通常の検察組織から独立して捜査を行うものである。
一方、与党はこの法案を、2024年4月に予定されている総選挙に向けた野党の「選挙用の政争法案」「悪法」だと批判してきた。
「金建希女史特検法」は12月28日に野党側の賛成多数で本会議を通過した。今後、尹大統領が拒否権を行使する場合は再び国会に戻される。法案が成立するためには在籍議員の半数以上が出席し、出席議員の3分の2以上の賛成が必要だ。
韓国国会の議席数は300(空席2)だが、現在少数与党「国民の力」の112議席に対し、最大野党「共に民主党」は167議席。野党が与党の議席を上回っているとは言え、3分の2以上の賛成は難しいとみられていた。
「こんなことしないで…」隠し撮り映像で新疑惑浮上
しかし、ここに来て金夫人に関する新たな疑惑が持ち上がった。
尹大統領就任後の2022年9月、金夫人が自らのオフィスで300万ウォン(約33万円)相当の高級ブランドバッグと180万ウォン(約20万円)相当の化粧品を受け取ったとされる隠しカメラの映像が公開されたのだ。映像を公開したのは尹政権を批判する左派YouTubeチャンネル「ソウルの声」だ。

金夫人はバッグなどを渡す男性に対し、「こんなことしないで…本当にやめてください」「こんなに高い物、絶対に買ってこないでください」と相手に伝えたものの、受け取りを拒否しなかったと伝えられた。
野党は、「高級バッグを贈り物として受け取ったのか、責任を持って説明すべきだ」「大統領府は、贈り物をした男性と面会した理由は何か、不適切な請願があったかどうかも明らかにしなければならない」と批判を強めている。
腕時計にカメラで「隠し撮り」…取材手法が問題視
この映像の仕掛け人は、韓国の地上波テレビ局MBC出身の記者だ。尹政権に批判的な取材を続け、この映像が公開された頃にMBCを退社したという。
映像はバッグを渡した男性の腕時計に取り付けられたカメラで撮影されたもので、バッグもYouTubeチャンネル側が購入したものだとしている。つまり、始めから金夫人に贈り物を渡す場面を撮影することを狙った「隠し撮り」だけに、その取材手法が問題視されている。
撮影時に記者が所属していたMBCの労働組合は、「そのような録音(取材)は一般的に違法と考えられる」とした上で、撮影されたのが大統領夫妻の住居と生活空間として使用されていた場所だとして「プライバシーが守られるべき空間で大統領夫妻の名誉を傷つけ、国の品格を下げようとする不純な意図を持って侵入した」と厳しく批判する声明を発表している。
ファーストレディーに向けられる国民の厳しい視線
しかし、金夫人に向けられる韓国国民の目は厳しい。
「金建希特検法」について本会議通過前に行われた世論調査で、尹大統領が「拒否権を行使してはならない」と回答した人は実に70%に及ぶ。「拒否権を行使しなければならない」は20%、「知らない・回答拒否」は10%だ。(国民日報 12月10日発表)検事総長だった尹大統領が自分の妻の疑惑については調べないのかという国民の不満が数字に表れている。
韓国紙・国民日報も、「金夫人のブランドバッグ授受論議が加わり、『金夫人に問題がある』という認識が保守層にまで広がった」とする政治評論家の分析を紹介している。

この春の総選挙は、得票率がわずか0.74%差と大激戦だった2022年の大統領選挙以来、与野党が直接激突することになる大一番だ。ファーストレディーの新たな疑惑が「争点」の1つになりそうだ。
2023年のクリスマス、ミサと礼拝に参列した尹大統領の横に金夫人の姿はなかった。
(FNNソウル支局長 一之瀬登)