深刻化する教員不足。そんな免許を持ちながらも現在は教職に就いていない、『ペーパーティーチャー』に注目が集まっている。その効果は、民間企業や子育てなどの経験だけでなく、教育の現場に新たな風を吹き込むきっかけとしても期待されている。
この記事の画像(11枚)全国で400万人以上?ペーパーティーチャー
10月某日、宮城県庁で開かれた、ペーパーティーチャーを対象にした説明会。20代から60代の71人が参加した。
主に、教員免許の取得後に、教員採用試験を受けなかった、もしくは受からず、教職についていない人を指すペーパーティーチャー。潜在教員とも呼ばれ、その数は全国で400万人以上いるとされている。
説明会に参加した人に話を聞くと、「教員になれるのであればぜひやってみたい」「一度諦めていたが、子育てを経験して今であれば何か役に立てることがあると思って参加した」といった、教壇に立つことに前向きな声が多く聞かれた。
注目集まる理由は「講師不足」
自治体がペーパーティーチャーに注目する背景には「講師不足」という課題がある。講師とは教員免許を持っているものの、採用試験を合格していない人などのこと。教育委員会に登録すると、任期付きの非正規雇用として採用される。
授業以外の時間外労働など、教職の過酷な側面がクローズアップされることによる「なり手」不足は言うまでもないが、育休などによる欠員の代替や、特別な配慮が必要な児童・生徒の対応などが必要不可欠な教育現場において講師は、一定数確保することが求められている存在だ。そんな講師を巡って今、「ある事態」が関係者を悩ませている。
宮城県教職員課によると、近年、定年退職による退職者は増加傾向にあり、これに伴い、新規採用職員も多くなっているのだという。これまでは、採用試験でふるいにかけられ、合格できずに教育委員会に登録する講師の数が不足している状況になっているワケだ。
「長年の夢」教師をあきらめた過去
説明会に参加した1人、大住りおさん(59)は、教職に就いた経験はないが、長年夢だった教師になるため、一念発起をして説明会に参加した。
「人生後半戦、夢を追いかけてみたいなと思った」と話す大住さん。夫は単身赴任中で、仙台市内で高校生の息子と暮らし。現在は国内メーカーの人材開発に携わる部署で働いているという。
そんな大住さんが記者に見せてくれたのは、大学時代に教育実習に出向いた時の写真。「男女差なく門戸が開かれているのは、公務員や、初等教育・中等教育というのが主流だった」と大住さんは話す。
当時は男女雇用機会均等法が制定されたばかり。留学経験もあり、英語が得意だった大住さんは、英語の楽しさを伝える教師という仕事に魅力を感じていた。
一方で、教育実習で教育現場の実態に直面し、教師の道をあきらめたのだという。
「担任も持ったんですが、2年生の男の子が、3年生から殴る蹴るの暴力を校内で受けていて…。どうしたらいいのかもわからなかったので、教科が教えられるとか、英語が好きとかそういったことだけでは務まらない仕事だなと思って…」
(ペーパーティーチャーの説明会に参加した大住りおさん)
その後は国内の銀行に入り、アメリカの大学院留学を経て、外資系の銀行やメーカーで管理職なども務めた大住さん。子育ても経験する中で「多様な経験を積んだ今の自分が社会に貢献できること」として教師への再挑戦を決意したという。
「若い世代の先生の助けになりたい。すごく忙しいのは見ていてわかるし、具体的に何ができるのかはわからない。足手まといかもしれませんが…」
(ペーパーティーチャーの説明会に参加した大住りおさん)
期待だけでない…必要な抜本的対策
教育制度に詳しい宮城教育大学・教職大学院の本図愛美教授は、ペーパーティーチャーが教育現場に携わることについて、「旧態依然とした学校組織が変わる」きっかけになると話す。
「学校の文化というのは、いい意味では真面目だが、一本気、融通が利かないところも多い。ペーパーティーチャーの方々は、すぐ教員にならずほかの職業を経験されている方も多いと思うので、学校に多様な目や感覚が入るのはメリット」
(宮城教育大学・教職大学院 本図愛美教授)
さらに、「子どもたちを見る“目”が増えることで、様々な価値観や多様性が教育現場に入る」と期待を口にした本図教授。一方で「ペーパーティーチャーに頼らない」制度づくりも進めていくべきと指摘する。
「現在の本採用の教員数、学校への配置数は、1960年代に作られた計算式から算出されている。当時とは様々なことがガラリと変わっている。制度自体を見直していかないと、根本的な解決にならない。教職がいい職業だと思ってもらえる労働環境にしていくことが必要だと思っています」
(宮城教育大学・教職大学院本図愛実教授)
2023年5月時点で、宮城県内の公立学校ではあわせて27人分の講師が見つからない状態が続いている。一方で、2017年時点で2661人だった宮城県の教員採用支援の出願者数は、今年度は1511人まで減少。3年連続で過去最低を更新していて、明るい兆しは見えない。
そんななかで「教員になりたい」という気持ちを持つ、ペーパーティーチャーの存在は非常に大きなものである。しかし講師はあくまで任期付きの『非正規』雇用。一歩を踏み出し切れないペーパーティーチャーもまた多くいるのではないだろうか。
教師不足、講師不足の課題解決の一手として期待が高まるペーパーティーチャー。一方で、現在の制度自体に変化がなければ、それは「一時しのぎの補充」でしかないのが現状だ。
子供たちの将来に大きな影響与える教育環境。待遇や働く内容などの制度の見直しも含めた、抜本的な対策が求められている。
(仙台放送)