2022年9月に静岡県内を襲った台風15号から1年が過ぎた。土石流が流れ込み、建物が甚大な被害を受けた静岡市葵区の温泉旅館・元湯館は復興に向けて新たな一歩を踏み出している。

台風で濁流にのみ込まれ…

2022年9月、静岡県を襲った台風15号。中でも最も被害が大きかったのが静岡市で、市のまとめによると床上浸水4462棟、床下1762棟、被災家屋は全半壊あわせて2398棟、一部損壊も2973棟にのぼった。

被害が大きかった静岡市(2022年9月)
被害が大きかった静岡市(2022年9月)
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静岡市葵区にある温泉旅館「元湯館」では24日未明から建物1階部分に大量の濁流が流れ込み、宿泊客4人と従業員2人が2階などに避難した。幸いにも全員ケガはなかったが、女将の海野加奈子さんは「いまだに当時の映像を見ることができないでいるものの、一番は生きていてよかった」と振り返る。

元湯館の1階には濁流が流れ込んだ(2022年9月)
元湯館の1階には濁流が流れ込んだ(2022年9月)

周辺の道路が土砂崩れにより寸断されたことなどが影響し、発災から1カ月経ってもガレキの撤去が進まない状態が続いた。建物の目の前を流れる小川の川底が見えるようになった時には、被災から約5カ月もの時間が経過していた。

癒えることなき心の傷 励ましを支えに

ただ、片付けやインフラの復旧が進んでも心の傷は簡単に癒えるものではなく、元湯館を切り盛りしてきた海野さん夫妻は、60年近くにわたって続いて来た旅館を「自分たちの代で終わらせてしまうのか」と苦しむ日々が続いた。海野さんによれば「新型コロナウイルスもあり、どうにか潰さないように頑張ってきた矢先」に見舞われた台風だったため「とどめを刺されたような感じで辛かった」という。

元湯館の女将・海野加奈子さん
元湯館の女将・海野加奈子さん

元湯館では被災の翌月から復興に向けてクラウドファンディングを行った。計544人から目標額の倍以上となる680万円あまりの寄付が集まり、土砂の撤去費用などに充てられた。

元湯館が行ったクラウドファンディング
元湯館が行ったクラウドファンディング

再び前を向くことができたのは寄付とともに多くの人から寄せられた温かいメッセージの影響が大きく、「応援してくれる人がたくさんいる。励ましの言葉により孤独ではないというか、もう少し頑張ってみようという大きな力、勇気をもらえた」と話す。

建物は解体 この地に再び癒しの施設を

専門家による調査の結果、建物の基礎部分の損傷が判明し倒壊のおそれが出てきたため、2023年5月には旅館の解体作業が始まった。

発災から1年。旅館があった場所は更地となった。ただ、「ひと夏で私たちの気持ちにも変化があり『また何か次に出来たらいいな』という気持ちが出てきている」と、海野さんの表情は以前よりも明るい。

1970年代の元湯館
1970年代の元湯館

1964年に営業を始めた元湯館だが、実は苦境に立たされるのは今回が初めてではない。1980年、火事によって建物の半分が消失。それでも翌年には修復を完了し、これまで3代にわたりこの場所を守り続けてきた。

火事で建物の半分が消失(1980年)
火事で建物の半分が消失(1980年)

元湯館がある油山温泉の歴史は古く、今川義元の実母で女戦国大名と称された寿桂尼がたびたび湯治に訪れた場所として知られている。だからこそ、海野さんは「本来この地が持っていた癒しや気持ちをきれいにしてくれるような場所を目指したい」と再興を誓う。

一度は見失いかけた再起への道。だが、たくさんの励ましを胸に海野さんは今、前を向いている。これまでも幾多の困難を乗り越えてきた元湯館ならきっと出来ないことなど無いだろう。

(テレビ静岡)

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