「(スポーツの交流を通じて)将来的には南北の往来が実現できれば」
そう話すのは、9月23日に中国・杭州で開幕する、アジアのスポーツの祭典「杭州アジア大会」で韓国選手団を率いる崔潤(チェ・ユン)団長(60)だ。

韓国選手団結団式で韓国旗を振る崔団長(9月12日)
韓国選手団結団式で韓国旗を振る崔団長(9月12日)
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過去最多となる1140人の選手と、スタッフのサポートに加え、他の出場国・地域との交流を統括するなど、対外的な役割も団長が担う務めの一つ。
今大会で、関係が膠着(こうちゃく)する韓国と北朝鮮の選手団や関係者の交流を実現したい、そんな「懸け橋」の役割を担いたいと崔団長が考えるのには、自らのルーツが関係している。

スポーツが与えてくれた特別な時間

崔団長は愛知県出身の在日3世。国外に在住する韓国人などを指す「在外同胞」の出身者がアジア大会で選手団の団長を務めるのは、韓国では初めてのことだ。

1963年に名古屋市で生まれた崔団長は、飲食店の経営などを経て1999年に韓国に移住した。現在は韓国で金融関係のグループ会社会長を務めるかたわら、大阪で韓国語と英語を学ぶインターナショナルスクールの理事長を務める。

FNNのインタビューに応える崔団長(ソウル・9月7日)
FNNのインタビューに応える崔団長(ソウル・9月7日)

日本で生まれ育った崔団長だが、幼い頃から「在日」であることの苦労を少なからず感じていた。当たり前のように「自分は国籍や親が他の人とは違う。僕は周囲と“違う人”だ」と自覚していた。
いじめられないように、ケンカの時に他人になめられないようにと、寝る前に額にテープを貼り、“しわ”を作っていた。迫力のある顔になると考え実践したが、今では後悔していると笑いながら話す。

そんな崔団長にとって、スポーツをしている時間は特別だった。小・中・高、大学、社会人に至るまでサッカー・バレー・テニス…と様々なスポーツに打ち込んできた。

崔団長:
スポーツをしているときは、出自とか気にしませんでした。自分にとって良い時間でした。それがあったから(スポーツを)続けられました

「死力を尽くして戦った後は、友達」と話す崔団長。今大会のテーマの一つでもある。
「死力を尽くして戦った後は、友達」と話す崔団長。今大会のテーマの一つでもある。

特に熱中したのは、高校時代から始めたラグビー。
大学まで続け、現在は韓国のラグビー協会の会長も務める。ラグビーにおける試合終了=ノーサイドの考え方は、崔団長が今大会でスポーツを通じた交流を目指すにあたり、一つの軸となっている。

崔団長:
死力を尽くして戦い、傷つき、結果にこだわるけど、終わった後はお互いのサイド無く“友達”になる。そういう意味で、戦った後、ノーサイドとなった両国の姿を見ていただいて、感じてもらえるものがあればと思います

崔団長にとって、スポーツをする時間はかつて味わった「出自の違いを感じさせない」心地の良い時間。相手をたたえ、友達になれる…そんな時間を選手はもちろん、戦いぶりを見た韓国国民はじめ、対戦国や地域の人たちにも味わって欲しいと考えている。

「南北交流」の展望

2018年にインドネシア・ジャカルタで開かれた前回のアジア大会では、韓国と北朝鮮の選手団が、朝鮮半島が描かれた「統一旗」を掲げて合同で入場した。
2018年は4月・5月・9月と立て続けに南北首脳会談が開催されたほか、2月の平昌(ピョンチャン)オリンピックでは11年ぶりに南北選手団が合同入場し、合同チームも結成されるなど、韓国と北朝鮮の融和を示す象徴的なイベントが相次いだ。

2018年ジャカルタで開かれたアジア大会。南北の選手団が「統一旗」を掲げ合同で入場した。
2018年ジャカルタで開かれたアジア大会。南北の選手団が「統一旗」を掲げ合同で入場した。

一方で、現在 南北関係は融和とはほど遠い状況に陥っている。アメリカや日本との結びつきを強める韓国に対し、北朝鮮は核・ミサイル開発など軍事的な挑発の度合いを高め、韓国を「敵」とみなし、対抗姿勢を鮮明にしている。

南北の関係改善は、時の政権や関係国の思惑によって一進一退を繰り返してきた。
融和が進んでいた2018年に行われた平昌オリンピックも当時、統一・平和をアピールするため政治的に利用されたとの批判が多く出た。

杭州アジア大会は今月23日に開幕。北朝鮮からも約200人の選手が出場予定だ。
杭州アジア大会は今月23日に開幕。北朝鮮からも約200人の選手が出場予定だ。

そんな複雑な南北関係だが、ことスポーツを通じた交流において、崔団長の考えは至ってシンプルだ。

崔団長:
スポーツにできることは、ルールの下、戦う中で理念・宗教・国境を無くしていくことです。ルールの中で国境はありません。死力をつくして戦い、最後にはお互いに友達になれれば一番いい。そういう社会になって欲しいと思います

スポーツを通じた南北交流の展望を語る崔団長。
スポーツを通じた南北交流の展望を語る崔団長。

崔団長は、杭州アジア大会での南北の選手団や関係者の交流を実現すべく、接触を模索している一方、調整が間に合うかは未知数としている。ただ、来年のパリオリンピックなど今後の国際大会での交流に向けたきっかけをつかめればとも話し、展望を語った。

崔団長:
(スポーツの交流を通じて)南北の往来が実現し、民間レベルでも良いので合同チームなど作れればいいと思う。スポーツのルールを守って交流が行われることに、極端な批判は出ないと信じたい
(FNNソウル支局 柳谷圭亮)

柳谷圭亮
柳谷圭亮

FNNソウル支局特派員。1994年生まれ。仙台放送報道部で県警・県政クラブ、東日本大震災関連ドキュメンタリー制作などを担当し2023年2月~現職。

国際取材部
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