土石流の発生から2年余りが経ち、静岡県熱海市では立入禁止になっていた警戒区域が解除された。妻を亡くした男性は、さっそく自宅跡に線香や花をたむける台を設置した。妻が亡くなった場所で冥福を祈るためだ。ただ市の対応には不満が募る。自宅に戻れず困惑する被災者も多い。

立入禁止から2年 警戒区域を解除

熱海市伊豆地区(2021年7月3日)
熱海市伊豆地区(2021年7月3日)
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2021年7月3日 熱海市伊豆山地区を土石流が襲い、災害関連死を含め28人が死亡した。建物も136棟が被災した。

2次災害の恐れから立入禁止になった警戒区域
2次災害の恐れから立入禁止になった警戒区域

土石流が流れ下った川の起点に違法に施された盛り土が被害を大きくしたと指摘されていて、遺族や被災者は盛り土をした土地の旧・現所有者と、違法な盛り土を規制できなかった熱海市と静岡県を相手取り、損害賠償を求める裁判を起こしている。遺族や被災者の多くが「人災だ」と思っている。

残った土砂が撤去された土石流の起点(2023年8月)
残った土砂が撤去された土石流の起点(2023年8月)

土石流の起点に残った土砂の撤去が完了し、川に新たな砂防ダムも完成したため、市は2次災害の恐れがなくなったとして、2023年9月1日、立ち入りを禁止していた警戒区域を解除した。

「立入禁止」ロープをはずす斉藤市長(2023年9月1日)
「立入禁止」ロープをはずす斉藤市長(2023年9月1日)

午前9時、熱海市の斉藤栄市長が、「立入禁止」と記したロープをはずす“セレモニー”を行った。斉藤市長は「これまで災害対策基本法に基づく立入禁止区域になっていたわけですが、約2年間が経ち、本日 解除させていただきました。」とあいさつした。

妻が亡くなった場所に焼香台

自宅跡の草刈りをする田中公一さん(2023年9月1日)
自宅跡の草刈りをする田中公一さん(2023年9月1日)

市長のセレモニーを苦々しく感じた被災者もいる。田中公一さん(74)も、その1人だ。土石流で自宅が全壊し、妻の路子さんが犠牲になった。

田中さんと妻・路子さん
田中さんと妻・路子さん

その日 田中さんは知人から助けを求められて外出中で、自宅に残った路子さんが田中さんに発したSOSに気付かなかった。携帯電話を自宅に置き忘れたからだ。

路子さんが最期に見たモミジ
路子さんが最期に見たモミジ

田中さんは自宅跡に残るモミジを指さして、「妻が最期に見たのが、この木」とつつぶやいた。
路子さんは友人にかけた最後の電話で、「モミジの見えるところにはさまれた」と伝えていたそうだ。救出の手掛かりになるよう、自分が閉じ込められた場所を伝えたのかもしれない。モミジは樹齢 約150年、この地に移ってきた田中さんの先祖が植えたもので、田中さん夫婦は毎日この木を見て暮らしていた。

田中さん夫妻と孫たち
田中さん夫妻と孫たち

路子さんは孫の成長を楽しみにしていたそうで、田中さんは「これからの成長を見ることができないのが不憫でならない」と言う。

自宅跡に作った焼香台
自宅跡に作った焼香台

立入禁止が解除された最初の日に、田中さんはモミジが見える自宅跡に、線香や花を手向ける台を作った。これまでは自宅を見下ろす警戒区域外の場所で手を合わせていたが、妻が亡くなった場所で弔おうと、半日かけて草刈りや整地をして完成させた。

田中公一さん:
この2~3m先で女房が(家屋や家財に)挟まれたんだね。あすから毎日 ここに来られる

土石流が流れ下った川の改修イメージ
土石流が流れ下った川の改修イメージ

田中さんは市営住宅で避難生活をしていたが、警戒区域の外に新たに家を建て9月末から住む予定だ。自宅の一部が河川改修や道路整備の計画にかかり、県や市の求めに応じて土地売買に応じたからだ。「早く道路ができれば皆が早く戻って来られるだろう」と早々に契約したが、工事は進んでいない。

田中公一さん:
(熱海市は)のろいよね、やる気がないよな、はっきり言って。市長が声高らかに「(警戒区域)解除です」と話していたけど、こんなの解除じゃないよな。悲しいかな、なかなか復興はできないよね

県と市は土石流が流れ下った川の拡幅や両岸の道路整備を進めているが、用地買収は3~4割ほどに留まっている。自宅のあった場所に戻れなくなるなど、整備計画に反対する被災者も多い。この他 宅地復旧費用の補助をめぐっても、市はいったん発表した支援策を、一部の被災者の意見を聞いて変更していて、多くの被災者が不信感を募らせている。

100世帯が避難生活 帰還希望は41世帯

田中さんのように警戒区域に家があり避難生活を続けているは100世帯180人(2023年8月末)だ。そのうち警戒区域内の自宅に戻ることを希望しているのが41世帯、区域外に移ることを希望しているのが39世帯、未定が20世帯だ。

警戒区域内ではまだ電気・ガス・水道などのライフラインが復旧していないところもあり、9月中に戻ることを希望しているのは7世帯13人だ。この7世帯を含め、2023年度中に戻ることを希望しているのは19世帯に留まる。

9月に自宅帰還をめざす小松昭一さん
9月に自宅帰還をめざす小松昭一さん

9月中に戻る予定の7世帯のうちの1人が、小松昭一さん(91)だ。

「半壊」と認定された小松さん宅(2021年7月)
「半壊」と認定された小松さん宅(2021年7月)

隣の家が土石流で流され、それに伴い小松さんの家も柱が折れるなどして「半壊」と認定された。故郷に対する愛着は深く、家に帰ることを強く望み自宅を修理した。

帰還にむけ準備が進む小松さん宅(2023年9月)
帰還にむけ準備が進む小松さん宅(2023年9月)

9月に戻ることを楽しみにして15日に引越を決めていたが、29日に変更せざるをえなくなった。電気が使えないとわかったからだ。小松さんの住む地区の電気は復旧しているのだが、電柱から家庭まで引き込み線や、家の敷地内の配線工事などが済んでいなかった。

市に振り回されて「本当に情けない」

警戒区域内の住宅
警戒区域内の住宅

市が2023年4月に「警戒区域を9月1日に解除」と発表し、それに向けライフラインの復旧工事も進めるとしていたため、被災者の多くが「電気・水道・ガスなどが整い9月1日からすぐに生活できる」と思っていた。「使用申請も市が調整してくれる」と思ったという。

熱海市が配布したパンフレット
熱海市が配布したパンフレット

実際には各自での申請が必要だ。市は8月29日になって、「警戒区域の解除にともない ご自宅に戻られる際のご案内」と題したパンフレットを、帰還を希望する被災者に配った。警戒区域解除の9月1日の3日前だ。

電気の案内(熱海市のパンフレット)
電気の案内(熱海市のパンフレット)

電気に関しては、警戒区域内の家の設備状況は「撤去」か「廃止」になっている。「撤去」になっている場合には、電気工事店で点検や改修の後、電気の販売事業者と契約をして、販売事業者から東京電力パワーグリットに工事を申請する。工事の後に漏電調査をして使用開始となるが、使用開始まで1カ月かかることもあるという。

小松さん宅
小松さん宅

小松さんは8月下旬に電気が復旧しないことを不審に思い、市役所に問い合わせた。後日 東京電力側から電話が来て、自分での申請が必要だと知った。当初予定していた9月15日の引越しでは電気が間に合わず、29日に変更したが、その時までに電気が使えるようになるか、わからない。

小松昭一さん
小松昭一さん

小松昭一さん:
市長が公式にああいう発言(警戒区域解除)をしているから、9月1日に帰れると思った。帰って住めると思っていた。ところがふたを開けてみると電気が来ない。まったく行政のために振り回されて、本当に情けない

警戒区域解除後に視察する斎藤市長(左)
警戒区域解除後に視察する斎藤市長(左)

斉藤市長に、電気などの手続きについて、なぜもっと早く知らせることができなかったか尋ねたところ、市長は「私自身はそのお知らせが遅くなったと反省しております。上下水道は市の責任で早くから伝えていましたが、(電気は)民間事業者との調整の結果を早く伝えられなかったと認識しています」と答えた。
市長は警戒区域解除のセレモニーのあいさつで、「解除は復旧復興の一里塚。まだまだ多くの課題があると認識しています」と、述べていた。不信感を募らせる被災者たちの信頼を得て、復旧復興にむけた歩みを二里、三里と進めることはできるのだろうか。

(テレビ静岡)

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