2023年4月に熊本県立高森高校にマンガ学科が新設され、プロの漫画家を目指し熊本県内外から生徒が入学した。動き出した若者たちの夢、漫画家になるための日々とはどのようなものなのか取材した。

熊本県立高森高校に新設のマンガ学科

宮崎・大分との県境、熊本・高森町。その中心部にある熊本県立高森高校は、2022年まで全校生徒79人と定員割れに悩んでいた。そんな中、県内外から生徒を呼び込む起死回生の一手として、2023年4月に新設されたのが「マンガ学科」だ。

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コアミックス・堀江信彦社長:
有名漫画家はほとんど10代でデビューしています。古くは手塚治虫先生とか、あしたのジョーのちばてつや先生。みなさん10代ですね。そういう意味では高校生でありながらデビューするということが起こってくるんではないか。またそれくらいのスピード感でやっていきたいと思っています。

高森町と町内に第2本社を構える出版社・コアミックスが全面的に協力し、プロの漫画家や編集者を育成する全国初の取り組みだ。

名編集者・コアミックス堀江社長も講義

「シティーハンター」や「北斗の拳」などを生んだ編集者で、コアミックスの社長・堀江信彦さんは、自ら教壇に立ち、ヒット作の要因を講義した。

コアミックス・堀江信彦社長:
漫画の極意というのは、一つだけ「すてきなウソをつく」ということ。「北斗の拳」だったら経絡秘孔(けいらくひこう)を突いたら破裂する。これはウソですよね。でも、そういう「あるかもしれない」って思えるようなウソというのはオッケーなんですよ。そういうのがあった方がドラマをつくっていくのに役に立ちます。

高森高校マンガ学科1年・元田柚芭さん:
漫画家は画力やストーリーがうまくないといけないと思っていたけど、未熟な部分も生かせると聞いて、家に帰ってすぐ漫画を描いてみたくなりました。

プロの漫画家が教え テキストは特製

マンガ学科1期生は熊本県内外から入学した40人だ。生徒が描いた作品は、美術教師とコアミックスの編集者やプロの漫画家が評価し、成績がつけられる。

週刊少年ジャンプやコアミックスの週刊コミックバンチで連載漫画を描いてきた富沢順さんは、学校現場で漫画を教えるというミッションに手探りで取り組んでいる。

漫画家・富沢順さん:
ぼちぼち、人によって差があるなというのがわかってきたかなという感じですね。うまいヤツだけどんどん先へ行けばいいというものでもないので、その辺を個別指導していかないといけないなと思っています。

この日は若手漫画家の作品を題材に、コマ割りや効果的な構図について授業を行った。

漫画家・富沢順さん:
セリフがすごく多いんだけど、読者の目線からすると、このセリフ読んで主人公の目を見て、おばあちゃんのセリフ、おばあちゃんの顔、おばあちゃんのセリフ。こう目線が流れていって、ここで2人の身長差をはっきり見せてるでしょ、これうまいよね。

また、授業中生徒たちが手元に置くのはマンガ学科専用のテキスト。コアミックスが培ってきたマンガの描き方やストーリーの組み立て方、魅力的なキャラクターづくりの秘訣などが惜しげもなく記された、まさに“虎の巻”だ。

学科だけではなく「マンガ部」も

高森町にあるコアミックスの第2本社「アーティストビレッジ・阿蘇096区」は、国内外の漫画家が住み込みで創作活動を行う一大拠点だ。ここで高森高校「マンガ部」の活動が行われた。マンガ部は高森高校の正式な部活動で、マンガ学科以外の生徒でも入部可能だ。

今回のお題はマスコットキャラクターのデザイン。阿蘇五岳・根子岳(ねこだけ)のふもとにあるアーティストビレッジにふさわしいキャラクターを描くというもの。

マンガ部の生徒:
大まかでいいんだよ、例えばここらへんって山だから山をモチーフにしたりとか、熊本だから「熊」とか、熊いないけどね。

「根子岳」と「猫」をかけたキャラクターが浮かんだ生徒が多かったようだ。

マンガ部の生徒:
さっき外に出たら建物の外観が猫っぽく見えた。

マンガ部の生徒:
この施設全体が和風なので、着物をつけました。

――なるほど、かわいいですね。女の子?

マンガ部の生徒:
多分(笑)

各々が感じたことを絵で表現し、全員の前で発表した。

マンガ部の生徒:
私が考えたのは「ロッキー」っていう名前で、ペンを武器にして戦うキャラ。ここは096k熊本歌劇団の稽古場で戦っているイメージがあったので、時代劇の戦闘キャラっぽく描きました。

この日生徒たちが考えたキャラクターは プロの手でブラッシュアップされ、実際に施設のマスコットキャラクターとして採用されるということだ。

今や年間6800億円のコミック市場

なぜ今「マンガ学科」なのか。漫画家を志す高校生が高森に集まる背景には、市場の活況がある。

出版科学研究所の調べでは、2022年の年間で約6,800億円の規模を誇るコミック市場。コロナ禍の巣ごもり需要を追い風に、電子版のコミックが著しい伸びを見せ、5年連続で過去最大の売り上げを更新している。

コアミックス側も若い才能をさらに伸ばしたいと、生徒が描いた原稿の持ち込みを随時受け付けている。「ネーム」と呼ばれる下書きの第1段階を持ったマンガ学科1年の大森彩那さんが、1対1でアドバイスを受けていた。アドバイスをするのはイタリア出身のエンリコ・クローチェさん。日本の漫画に憧れ、コアミックスに入社した現役の編集者だ。

コアミックス エンリコ・クローチェさん:
良くなってる。特にこの赤ちゃんの顔。このシーンもはっきりしてすごく良くなったなと。あとは前よりかわいく描かれたので。

プロの編集者とネームのチェック

大森さんが持ち込んだ作品のタイトルは「ハンド」。主人公の手や手元からの視点を中心に物語を展開させようとする新しい試み、なのだが…。

コアミックス エンリコ・クローチェさん:
そもそもなんでこんなに手を描きたいとか理由あります?

マンガ学科1年・大森彩那さん
なんか自分の目線ってこうじゃないですか。だからこっちの方が感情移入できるのかなって思って。

コアミックス エンリコ・クローチェさん:
どうしても読者との「共感ポイント」が足りないところがあるかなと思うので。

マンガ学科1年・大森彩那さん:
ゲームとかするときって手元しか見えないじゃないですか。でも感情移入できるからマンガでもしたいなと思って。

コアミックス エンリコ・クローチェさん:
これ、漫画賞の最終審査に残っても正直そんなに高い賞を取らない可能性もあるので、もうちょっとこの作品で一番伝えたいことは何ですか?っていうことを一緒に考えてみたい。

マンガ学科1年・大森彩那さん:
「もうちょっと主人公の視点を変えてみたら?」と言われたので大事なんだなと思いました。中学まではずっと自分1人で描いていたので頻繁にアドバイスをもらえるのがありがたい。

目指すはコアミックス九州国際まんが賞

大森さんはアドバイスをもとに主人公の表情や俯瞰(ふかん)して見たコマを増やすことに決めた。このあとも、ネームを持った生徒がエンリコさんのもとで原稿へのアドバイスを受けた。

生徒たちの目標は第10回コアミックス九州国際まんが賞で、11月20日の締め切りに向けて一心不乱に原稿へと向かう。ペン1本で身を立てる、動き出した若者の夢が今、高森の地で大きく膨らもうとしている。

(テレビ熊本)

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