国防7校の教職者が日本で産業スパイ

国立研究開発法人「産業技術総合研究所」で主任研究員を務める中国籍の権恒道容疑者(59)が、警視庁公安部によって、不正競争防止法違反(営業秘密の開示)で逮捕された。

「産業技術総合研究所」主任研究員 権恒道容疑者(59)
「産業技術総合研究所」主任研究員 権恒道容疑者(59)
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その容疑は、2018年4月、自身が研究している「フッ素化合物」に関する情報を中国の民間企業にメールで漏えいしたという。

発覚の経緯は、2022年に産総研から警視庁に被害相談があり発覚。2018年に前述の容疑に当たる実行行為を行なってから2022年までの4年間、産総研は気がつかなかったという事態である。

産業技術総合研究所
産業技術総合研究所

ちなみに、権恒道容疑者は2002年4月から産総研に勤務していることから、入所後から発覚までの20年間の期間に同様の行為があったかは当然捜査されるべきところ、PCやサーバ等の復元・解析を行うデジタル・フォレンジックの技術を用いても限界があり、その全容が暴かれる術はないだろう。

本事件が持つ意味合い

男は2002年4月から産総研に勤務する一方で、中国人民解放軍と関係性がある「国防7校」の一つである北京理工大学の教職を兼任していた時期もあるという。

権恒道容疑者(北京理工大学HPより)
権恒道容疑者(北京理工大学HPより)

本事件はただの不正競争防止法違反事件ではない。

権恒道容疑者は、中国人民解放軍と関連がある「国防7校」の一つである南京理工大学の出身であったほか、一部の期間では同じく「国防7校」の一つである北京理工大学の教職を兼任していたほか、フッ素化学製品製造会社「陝西神光化学工業有限公司」の会長も務めていたという。

権恒道容疑者(北京理工大学HPより)
権恒道容疑者(北京理工大学HPより)

この国防7校は、中国の国務院に属する国防科技工業局によって直接管理されている大学であり、中国人民解放軍と軍事技術開発に関する契約を締結し、先端兵器等の開発等を行っており、米国を始めとする海外では技術窃取に深く関与した事例が見られ、その危険性は周知の事実だ。

日本の経済産業省は、大量破壊兵器や通常兵器の開発に関わる可能性のある技術の輸出を規制するために「キャッチオール規制」を導入しており、この規制は、実効性を高めるために外国ユーザーリストを作成し、輸出業者に対して関連情報を提供している。

外国ユーザーリストには、大量破壊兵器等の開発につながる懸念が払拭されない外国や地域の組織が含まれており、国防7校の一部が該当しているが、本件の北京理工大学はこの外国ユーザーリストにも掲載されており、その危険性は明白だ。

このような危険性のある国防7校のましてや出身者であり、かつ教職者を兼任した人物が、国立の研究機関で先端技術を盗んだ意味は重い。

今回流出した先端技術は、既に情報がコピーされ、回収は永遠に不可能であろう。

中国は、日本の先端技術を手に入れたのだ。

見抜けなかった産業スパイ、とるべき対応とは

産総研はこの産業スパイを見抜き、対応することが出来なかったのだろうか。

国の研究機関が、その危険性が指摘されている国防7校出身者を受け入れ、放置し、アクセス権を制御せずに先端技術の研究に従事させていたのでは、民間企業に示しがつかない。

権恒道容疑者(59)が主任研究員を務めていた産業技術総合研究所
権恒道容疑者(59)が主任研究員を務めていた産業技術総合研究所

この事実は、日本における経済安全保障の観点から見ても非常に懸念されるべき状況だが、残念ながら同様の状況は、日本において多く見られるだろう。

ちなみに、注意しておくべき点がある。技術流出の問題は今回のように違法な手法だけでなく、中国のような「千粒の砂戦略」を例に、悪意のある者だけでなく、善意のビジネスパーソンや留学生等の多様なチャネルを利用した技術情報の収集が活発に行われており、合法的な経済活動や投資活動を通じた技術窃取にも留意しなければならない。

技術流出に対抗すべく、スパイ防止法の整備やセキュリティ・クリアランス制度の実現、国も含めた社会の認識の向上など、日本が抱える課題はあまりにも多い。

【執筆:稲村悠・日本カウンターインテリジェンス協会代表理事】

稲村 悠
稲村 悠

稲村 悠(いなむら ゆう)
Fortis Intelligence Advisory株式会社 代表取締役
(一社)日本カウンターインテリジェンス協会代表理事
外交安全保障アカデミー「OASIS」講師
略歴
1984年生まれ。東京都出身。大卒後、警視庁に入庁。刑事課勤務を経て公安部捜査官として諜報事件捜査や情報収集に従事した経験を持つ。警視庁退職後は、不正調査業界で活躍後、大手コンサルティングファーム(Big4)にて経済安全保障・地政学リスク対応に従事した。その後、Fortis Intelligence Advisory株式会社を設立。BCG出身者と共に、世界最大級のセキュリティ企業と連携しながら経済安全保障対応や技術情報管理、企業におけるインテリジェンス機能構築などのアドバイザリーを行う。また、一社)日本カウンターインテリジェンス協会を通じて、スパイやヒュミントの手法研究を行いながら、官公庁(防衛省等)や自治体、企業向けへの諜報活動やサイバー攻撃に関する警鐘活動を行う。メディア実績多数。
著書に『企業インテリジェンス』(講談社)、『防諜論」(育鵬社)、『元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』(WAVE出版)