アメリカ・ミネアポリスの黒人男性死亡事件に抗議する「Black Lives Matter(黒人の命が大切、以下BLM)」運動は、コロナ禍の中、今や世界的な広がりを見せてきた。

一時期暴動や略奪も行われた抗議活動は沈静化したものの、各国で奴隷制度や人種差別の象徴的な人物の銅像が壊されるなど、事態の収束は見えない。BLM運動はこれからどこに向かおうとしているのか。そして、アメリカではトランプ大統領の再選に黄色信号が灯ったのか。

SNSは「#BLACKLIVESMATTER」一色

「周りの友人たちは、何もしないことが一番の罪だからと口を揃えていて、いま自分ができることをやろうとしています」

在ニューヨーク20年のピネダさくらさんはこう語る。

ピネダさんの周辺では、デモへの参加のほかにも、SNSでの投稿や活動支援の寄付、人種問題についての家庭教育や自分自身の学びなど、様々な取り組みがされているという。

「友人たちは、何もしないことが一番の罪だからと口を揃える」と語るピネダさくらさん(撮影:Brian Pineda)
この記事の画像(11枚)

「いまSNSはどれを開いても#BLACKLIVESMATTER一色です。食べ物とかファッションの話をしている投稿は、全く見かけなくなりました。私の住んでいるブルックリンでも5月29日から毎日抗議活動が続いていて、勢いは衰えません」

6月14日だけでもブルックリンでは7つの大きな抗議活動が行われ、「近くの公園や道は見たことのない大勢の人で埋め尽くされた」(ピネダさん)ほどだ。

デモ参加者であふれるブルックリンミュージアム周辺(撮影:Julie Ann Pietrangelo)

「人種、年齢を問わず、あらゆる人がエネルギーを持ち寄って、人種差別という根深いイシューに立ち向かっています。デモがある場所には、地元のレストランが飲み物や食べ物を無料で提供したり、警察による催涙スプレーに備えてボランティアの医療チームが構えていたりして、気持ちを1つにした仲間が街を埋め尽くしているのを見ると、ジーンとくるものがあります」

ピネダさんは、これまでは子連れで参加するのを躊躇していたが、次のファミリー向けのデモには参加するそうだ。

ニューヨーク市でのデモ活動(提供:Jo Kobayashi)

トランプ政権への危機感と社会を考える連帯感

「これは人種問題であると同時に、トランプ政権で時代が逆戻りしていることへの危機感からの行動だと思っています」

こう答えるのは「アイビーリーグの入り方」などの著書がある、在米27年の作家・冷泉彰彦氏だ。冷泉氏が住むニュージャージー州プリンストンは、アイビーリーグの名門プリンストン大学がある街だ。

「デモは全米で広がっていて、この街はまだ新型コロナによる休校中で学生がいませんが、それでも小さなデモがありました」

「トランプ政権で人種間の対立が煽られ逆戻りしている」と語る冷泉彰彦氏

冷泉氏は、このデモの背景には2つの意識があるという。

「多様性を尊重するアメリカが、トランプ政権で人種間の対立が煽られ、逆戻りしている。これに対する怒りや異議申し立てがあると思います。もう1つは、ロックダウンによって社会から孤立していた人々が、社会をオープンにしていくのは経済活動再開だけではなく、皆が社会を考えてお互いに手を取り合わないといけないと。その2つの感情が合わさって、強く幅広い動きになっています」

ニュージャージー州は、全米の中でもニューヨーク州と並んで新型コロナウイルスによる被害が大きかった。緊急事態の解除宣言が出たものの、今でも大学や図書館は閉まったままで、交通量やショッピングモールの人出も以前の6割程度だという。

ニューヨーク市でのデモ活動(提供:Jo Kobayashi)

なぜアメリカの保守はマスクをしないのか

しかし、公共の空間ではマスク着用が義務付けられる一方で、オープンしたビーチなどでは着用義務が全く守られていない場所もある。

「若い人はもういいやという感じです。また、全国的に見れば民主党支持者はマスクを着用しているが、共和党支持者はしないというのがあります。もちろん共和党支持者でもビジネス界など自由経済主義者は別ですが、草の根保守は絶対にマスクを着用しません」(冷泉氏)

アメリカの「保守」と呼ばれる人達は、なぜ生命を危険にさらしてもマスクを着用しないのか。

「アメリカの保守・右派の独特の伝統で、保守は個人が『独立』していることが大切なのです。自分の身体の一番大事な顔をマスクで隠せと政府から強制されるのは、絶対に拒否すると。リバタリアンやアナキストは日本や欧州だと極左ですが、アメリカでは極右になります。トランプ支持者は、ロックダウン反対デモの頃からマスクを着用していませんでしたね」

ニューヨーク市でのデモ活動(提供:Jo Kobayashi)

ミレニアル世代がベトナム反戦運動と結びつく

さて、BLMに話を戻すと、5月25日のミネアポリスの事件以来、抗議活動はわずか2~3日で全米に拡大した。直後こそ暴力的な行為や略奪もあったが、主犯格の元警察官の容疑がより重い罪名となり、犯行に関わった4人のうち3人が起訴された後は、暴力を排除して整然とデモを行う動きに変わったという。

「中心となっているのは、人種を問わずミレニアル世代です。デモはSNSでゲリラ的に『ここに集まれ』と呼びかけられます。彼らが大好きなフラッシュモブの延長的な新しい動きですね」(冷泉氏)

また、ワシントン州シアトルでは、若者たちが一部エリアを完全占拠し「自治区」を名乗る行動に出た。自治区の中では歌や踊りのイベントもあり、無料の食事も振る舞われているという。一方、シアトル市長は「これは1968年のベトナム反戦運動とヒッピー文化のようなものだ」と形容し、強行突破しない姿勢を示している。

こうした動きについて、日頃学生との交流がある冷泉氏は、「日本では想像できないと思いますが、ミレニアル世代は60~70年代のカルチャーが大好きなんです」と語る。

「今の大学生は、ヒッピー文化やベトナム反戦運動をよく知っていて、共感を持っています。日本の場合、学生運動は内ゲバ化で見向きもされなくなりましたが、アメリカのあの世代にとっては『自分たちがベトナム戦争を止めた』という勝利の記憶なのです。それを子どもや孫に語り、若い世代に強く影響しているのですね」

ニューヨーク市でのデモ活動(提供:Jo Kobayashi)

「警察官の命こそ大切だ」と訴えたトランプ氏

日本の報道では、ロックダウンや人種間の経済格差への不満が爆発したと報じられているが、現地の様子は違うようだ。冷泉氏は「そんな雰囲気はないですよ」と語る。

「経済格差でいうと、80年代頃に比べると少しずつですが改善しています。また今回、失業者は多いですが手当は潤沢に出ているので、困窮して怒りが爆発ということではありません。やはり経済格差の問題というよりも、アメリカの文化や価値観、特に今のトランプ政権の時代を打ち破りたいという動きだと思います」

ジョージア州アトランタでは6月12日、警察官による黒人男性の射殺事件が起こった。行政や警察側が抗議の声を受け、警察改革を行おうとしていた矢先の出来事だ。

BLMは2014年、オバマ政権の時代に始まった。当時、黒人が警察官によって殺害される事件が頻発し、オバマ政権は改革に乗り出した。しかし、前回の大統領選挙でトランプ氏が改革に反対する人々を煽り、「BLMはBlue(青い制服) Lives Matter、警察官の命こそ大切だ」と訴え、それ以降、改革の動きは止まった状態だ。

「地方自治のもと、それぞれの地域で警察組織はどうあるべきか考えている状況ですが、トランプ政権は『そんなことをする必要がない』と。つまり国の司令塔がないのです」

ニューヨーク市でのデモ活動(提供:Jo Kobayashi)

BLMに注目する大統領選挙の両陣営

果たしてBLM運動は収束するのだろうか?これには2020年秋の大統領選挙が大きく関わってくる。

抗議活動は当初右派が煽っていたが、その後、民主党が組織的に支援していると言われている。一方のトランプ大統領も当初は「制圧だ」と強気の姿勢だったが、沈静化してからはデモ自体を否定していない。

トランプ大統領は、6月19日にオクラホマで選挙集会を行う予定だった。しかし、当日は黒人解放記念日で、現在の状況では非常にセンシティブとみて、翌日に変更する予定だ。

ここにきて民主党のバイデン大統領候補は、支持率でトランプ大統領をリードしている。新型コロナウイルスの感染拡大前は「トランプ圧勝か」と言われていたが、コロナの失策続きで再選に黄色信号が灯ったのか。

「前回の大統領選挙も支持率はヒラリーがずっと上回っていましたが、世論調査ではトランプ氏を支持しないと言いながら投票する『隠れトランプ』が8%いたと言われています。さすがに今回はいないだろうと思いますが、わかりませんね。一方のバイデン候補ですが、こちらもあまり振るいません。SNSやメディアを使ったメッセージの出し方が古いといわれ、若者に訴求していません。日本と違ってアメリカは20代、30代の層が各年300万人と分厚いのにもかかわらず、です」(冷泉氏)

トランプ大統領(左)とバイデン氏(右)

大統領選の行方を握るのは経済とコロナ

バイデン候補で注目されているのが、副大統領候補に誰を指名するかだ。女性・有色人種が待望論としてあるものの、2つの問題があると冷泉氏は指摘する。

「BLMが収束して、焦点が経済や外交になるとどうなるのか。もう1つは、激戦州と呼ばれるフロリダ、ペンシルベニア、ミシガンなどでは、知名度の低いアフリカ系女性は厳しいのではないかと」

副大統領候補では、カリフォルニア州選出の上院議員カマラ・ハリス氏の人気が高いが、冷泉氏は「トランプ大統領への攻撃力はあるものの、民主党の指名争いの際にバイデン氏とやり合ったことのしこりが心配」だと話す。

それでは、今後の大統領選の行方を左右するのは何か?冷泉氏は「結局、経済とコロナです」と強調する。

「ニューヨークやニュージャージーは落ち着いてきましたが、テキサスやコロラド、サウスカロライナなど、南部や中西部で感染被害が拡大し、医療崩壊も起こっています。これは第2波ではなくて、第1波が東から南へと移っている感じです。全米の死者数はもうすぐ12万人となり、秋には20万人までいくのではないかとも言われています」

こうした状況にもかかわらず、トランプ大統領は経済再開を急いでいる。この危険なギャンブルは、果たしてうまくいくのか。

「株価も実体経済を反映しているのか疑問がありますし、手厚い失業手当も7月で終わります。その後どうなるかはわかりません」

大統領選挙を迎えた時、アメリカはどのようになっているのか。予断を許さない状況だ。

ニューヨーク市でのデモ活動(提供:Jo Kobayashi)

(サムネイル写真提供:Jo Kobayashi)

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】