新型コロナウイルスによって、私たちの生活、国や企業のかたちは大きく変わろうとしている。これは同時に、これまで放置されてきた東京への一極集中、政治の不透明な意思決定、行政のペーパレス化や学校教育のIT活用の遅れなど、日本社会の様々な課題を浮き彫りにした。
連載企画「withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の第23回は、日本の資本主義の父・渋沢栄一の子孫が見るコロナとの共生社会と経済の姿だ。
withコロナと「足るを知る」「分を守る」
「『論語と算盤』の中に『大丈夫の試金石』という言葉があります」
コロナと共生する社会を「日本の資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一だったらどう見るか?この問いに語り始めたのは、渋沢栄一を高祖父に持つ、コモンズ投信株式会社の創業者で会長の渋沢健氏(59)だ。

「これは逆境に立たされた時、どのような心構えでいるかという教えですけど、自然な逆境の時、例えば台風や地震、コロナもこれに入ると思いますが、渋沢は『足るを知る』が大事だと言います。つまり、足らないことに嘆くのではなく、現状に対する感謝の気持ちを忘れないことです。また、渋沢は『分を守る』のも大切にしていました。今回のコロナでは、やるべきことをやる、例えば手洗いやうがいをきちんとする。そういうことじゃないかと思います」
『論語と算盤』の現代版「社会的インパクト」
また、渋沢健氏は「逆境には人為的な逆境もあります」と語る。
「コロナは自然ですが、経済や社会が止まるのは人為的な逆境です。その場合、渋沢は『自分がああしたい、こうしたいと言えば大概はその通りになる。だけどほとんどの人は自分から幸福な運命を学ぼうとせず、ねじけた人になって自ら逆境を招くことになる』と言っています」
渋沢健氏が会長を務めるコモンズ投信は、長期的な視点から日本企業に投資を行う。
「コモンズを立ち上げたとき、大事なことは企業の持続的な価値創造であると。企業には見える価値と見えない価値があって、収益力はもちろん必要なのですが、競争力や経営力、対応力といった数値化できない企業文化も必要だと思っています」
また、新たにインパクトファンドの設立も企画している。
「社会的インパクトと経済的リターンの両立を求める、これからの時代に大事な新しいお金の流れであり、これは渋沢栄一の『論語と算盤』の現代意義ですね」

コロナで「人」を大切にする企業経営者が顕在化
渋沢健氏が企業を見る際に、特に重視するのが「人」だ。
「ひと言でいえば、そこで勤めている人だと思います。どの企業のトップも最も重要な財産は人だといいますが、財務諸表では資産ではなく、損益報告書の人件費で出るんですよね。つまり、企業は最も重要な財産を削り取ることで、利益が上がり企業価値が高まると。これは以前からおかしいなと思っていました」
コロナは「人」を大切にする企業かどうかを顕在化した。
「社員が感染に怯えて出社できない時に、ウェブ会議をできない職場環境だったりすると、その企業は立ち行かなくなりますね。これまで働き方改革を時短として整理していましたが、コロナは究極的な働き方改革となりました。例えば、報告だけの朝会に出席するために皆が殺人的な通勤電車に乗る必要はなく、ウェブで十分だということですよね」
コロナで「違う景色が見える」気付きがあった
渋沢健氏は、企業のSDGsへの取り組みも重視する。
withコロナでは、世界中の都市がロックダウンし、工場は稼働せず、物流や交通がストップしたことで、大気汚染問題が大きく改善された。これについて、渋沢健氏は「環境問題に向き合わないといけないと、スイッチが入った経営者や社員が少なからずいるのでは」と語る。
「売り上げや利益が環境とリンクしていると気付くと、それがイノベーションのきっかけになります。今までの目標設定を180度変えるのではなく、少し視点をずらすだけで違う景色が見えてくると。こうした気付きが、この数カ月の間にあったのではと思います」

「自分は何をやりたいのかと考えれば、いずれ実現できる」
では、コロナと共生する時代、そしてアフターコロナの経済を渋沢健氏はどう見るか?
「産業界の新陳代謝が起こるのではないかな、という期待があります。これまでの経済モデルは、効率性、例えばサプライチェーンやバリューチェーンが価値を作る要でした。しかし、そのチェーンは分断されると全体が止まってしまう。これからはバリューエコシステム、つまり、いろいろなところに複雑に繋がっていることが意味あると思っています」
最後に、アフターコロナの経済的な苦境の中で、渋沢栄一ならどうするかを聞いた。
「自分は何をやりたいのか、どういう社会になって欲しいのかとまず考えれば、試行錯誤の中で頓挫することもあるかもしれないけれど、いずれ実現することができると。想像してみると、渋沢栄一はそんなメッセージを送るのではないかなと思います」

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】