北朝鮮の軍創建記念日にあたる2月8日夜、平壌で軍事パレードが行われた。パラシュートで兵士が会場に降り立ち、大型画面でその様子を流すなどショーアップされた“イベント”に2万2000人が沸き立った。

「万歳(マンセー)」という叫び声が響き渡るなか、パレードの会場に登場した金正恩総書記の隣には1人の少女の姿があった。正恩氏の娘、キム・ジュエ氏とみられている。

9日夕方、朝鮮中央テレビはパレードの映像を公開した。 軍事パレードは正恩氏と娘の2ショットを強く印象づけたものとなった。
最高権力者の頬に手を添える“娘”

正恩氏の第2子でジュエ氏とみられる少女は、軍の兵士が居並ぶ中、会場のレッドカーペットを正恩氏と手をつないで歩いた。

群衆を見下ろすバルコニーでも正恩氏の横に立ち民衆を称え、時には正恩氏と笑顔で言葉を交わした。

最高権力者の頬に少女が両手を添える様子は親子の親密さをアピールしているようにも見える。

一方で、李雪主夫人はあまり前面に出ていない。 レッドカーペットを歩く際も、正恩氏と娘の数歩後ろを歩いた。
朝鮮労働党の機関誌「労働新聞」で公開された写真のうち、ジュエ氏が写っているものが18枚あったのに対し、李雪主夫人のものは9枚と半分にとどまっている。 これは娘が金一族の血を引く「白頭血統」であることを人民に示しているものとみられる。

娘“ジュエ氏”を市民に初披露
娘が初めて公に場に姿を見せたのは2022年11月。

2013年生まれ、10歳前後とみられるジュエ氏がICBMの前で父親の正恩氏と手をつなぐ姿は驚きをもって受け止められた。

その後、ミサイルの試験発射に立ち会う姿などがたびたび公開されてきたが、これまでは軍人たちだけの前に姿を見せていた。
しかし、8日の軍事パレードは一般市民も会場にいるので、事実上、人民に娘を初めてお披露目したことになる。
急浮上した「4世代世襲」の可能性
正恩氏の娘が公式の場に姿を見せて以降、一部の専門家は早くから「後継者説」を主張していた。

しかし、父・正恩氏が後継者に決まったのは24歳の時、 祖父・正日(ジョンイル)氏は32歳の時だった。
正恩氏の娘はまだ10歳前後と若い上に、正恩氏には長男の存在が確認されているため、家父長的な文化が根強い北朝鮮で女性が後継者になれるのかという懐疑的な見方が支配的である。
しかし、徐々に「後継者説」を裏付ける要素が増え「4世代世襲」の可能性が急浮上している。
「尊敬する~」は「最高権力者」の敬称
その要素の1つが娘の「敬称」だ。

2022年11月19日に初めて娘の姿が公表された時は「愛するお子さま」と表現されていたが、27日には「尊貴(そんき)なお子さま」、つまり「尊いお子さま」という意味のより高い地位を示す表現となった。 さらに、軍事パレード前日からは「尊敬するお子さま」とされた。

北朝鮮で「尊敬する」という敬称は金日成氏、正日氏、正恩氏の最高権力者にのみ使われ、それ以外に使われるのは極めて異例だ。

また、これまでメディアに登場した娘は1度も金日成氏、正日氏の「肖像バッジ」をつけていない。 北朝鮮でこのバッジをつけないのは、金総書記と李雪主夫人だけであることからも娘が特別な扱いであることがわかる。
世宗研究所統一戦略研究室のチョン・ソンジャン室長は、娘が後継者になることを前提に「娘に対する個人崇拝を意図的に進めている」と分析している。
またアメリカのワシントン・ポスト(8日付)は「金総書記は娘が後継者だという最も明確なサインを送った」と報じている。
軍事パレードで人民に娘を初披露したことで、「後継者説」が一層強まることが予想される。
娘登場の裏に「妻と妹の争い」?
一方で正恩氏が娘を登場させた裏には、李雪主夫人と正恩氏の妹、金与正氏の争いがあるという分析もある。

イギリスのタイムズ紙は、韓国の専門家の話として「与正氏は野心的であらゆる場面に姿を見せその地位を誇示している。そのため、李雪主夫人が後継者選びの構図に不安を感じ、正恩氏が妻を安心させるため娘を登場させた可能性がある」と報じている。 実際に公開された軍事パレードの映像でも、与正氏の姿は確認されていない。

また、パレード前日に行われた宴会でも与正氏は正恩氏一家を離れた場所から見送っている。北朝鮮の「事実上のナンバー2」とも言われる与正氏の姿がこの日捉えられたのはこの1枚だけだ。
妻の胸元に「ミサイルネックレス」 大義名分で進む核兵器開発
ちなみに、8日に報じられた李雪主夫人の胸元には、新型のICBM「火星17」型とみられるネックレスが光っていた。

夫の業績を少しでも誇示したい妻の焦りにも似た感情の現れなのかもしれない。

正恩氏は軍事パレード前日「子孫のために我々は実に多くの苦痛と痛みを耐え抜き、偉大で絶対的な力を育てた」と演説している。 「子孫」は娘のジュエ氏に代表される未来世代を示し、「偉大で絶対的な力」は核武力を示しているとみられる。
後継の行方が明らかになるのはまだ先になるとみられるが、北朝鮮が子孫を守るという大義名分で核武力での挑発を続けることは明白だ。
準備が終わっているとされる核実験にいつ踏み切るかも含め、北朝鮮の動向を引き続き注視する必要がある。
(FNNソウル支局長 一之瀬登)