新型コロナウイルスの感染拡大で、私たちの生活、国や企業のかたちは大きく変わろうとしている。これは同時に、これまで放置されてきた東京への一極集中、政治の不透明な意思決定、ペーパレス化の遅れ、学校教育のIT活用の遅れなど、日本社会の様々な課題を浮き彫りにした。

連載企画「Withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の第14回は、スポーツだ。コロナによって東京オリンピック・パラリンピックが来年に延期、スポーツイベントも軒並み中止となっている。スポーツを愛するすべての人々が痛んでいるこの状況をどう受け止め、アフターコロナのスポーツの姿をどう描くのか。陸上競技の元オリンピック代表である為末大氏に聞いた。

いまは地球規模で練習が制限されている

為末大氏
為末大氏
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――コロナ禍で東京オリパラが来年に延期、あらゆる競技大会が中止に追い込まれ、練習をすることさえままならない。こうした状況の中で、いまアスリートたちはどんな気持ちでいるのでしょうか?

為末氏:
アスリートは習慣の生き物で、トレーニングする習慣が10年、20年レベルで染みついています。しかしいまは地球規模で練習を制限されている状況なので、ものすごく大きなストレスじゃないかと思います。3密もスポーツが持つ特性から考えると、完全に避けることが難しいと思います。その中でどうやって切り抜ければいいのか不安だと思いますし、練習が出来ないストレスと、いつ始められるかという不安もあります。あと競技人生は短いので…私のピークも8年くらいでしたが、その8年のうち1、2年が無くなるのはとても大きなことなので、そのあたりでいま苦しんでいるんじゃないかと思います。

――アスリートは再開まで、どうやって日々を過ごせばいいと思いますか?

為末氏:
選手たち自身が出来ることは、結局トレーニングの維持になると思います。トレーニングのレベルを6割に落として、精神的にストレスがかからない状態で維持する。本当のピークをキープしようと思わない方がいいと思います。いつ始まるか分からない中、気持ちがプツンと切れてしまうので。

また、選手はこの状況を受け入れて、どのくらい頭を切り替えられるかがポイントだと思います。難しいとは思いますが、怪我で1カ月離脱したつもりになって、「出来ない練習はあるが、いまは地味な、本来やらなければいけなった練習をやる」と切り替えるのが大切です。

長い道のりになりそうだと分かってきた

――いま一部のアスリート達は、社会貢献活動を積極的にやっています。

為末氏:
私たちの世代と違い、いまの若い世代は競技だけやっていればいいという発想から脱却して、いろいろな活動をされているので、本当に素晴らしいというか、我々がちょっと恥ずかしいくらいの感じです。次はコロナとどうつき合っていくかという議論が始まると思いますが、ここに参加してはどうかと思います。

――コロナと付き合いながらスポーツをどう再開するかですか?

為末氏:
例えばプロリーグであれば、こういう風にやれば運営出来そうだとか。選手たちは自分たちを危険に晒すことにもなるので、どういう条件だったら復帰できそうだとか。長い道のりになりそうだと分かってきたし、「すべてのスポーツが一斉に再開することは無いな」と皆が思い始めています。スポーツごとに対処しながら、やっていく感じになりますね。

コロナ前アスリートは絶対善のようだった

――Withコロナの中で、スポーツのあり方も変わりますね。

為末氏:
これまでアスリートは、「僕に競技をさせてください。そのために協力してください」というのが、比較的通りやすかったと思います。アスリートはすごく純粋で「絶対善」のような役回りだったので、社会は「一生懸命やっているのだから、何とか皆でサポートしよう」という感じでした。しかしコロナが変えてしまった大きな点は、「オリパラをやらせてください」とアスリートがいっても、「社会とオリパラのどっちが大事だと思うんだよ」となったことです。

――確かに東京オリパラに対する社会の意識は、コロナの感染拡大の中で大きく変わりました。

為末氏:
だから今回スポーツ界が学んだのは、社会の中にスポーツがあって、アスリートはスポーツが出来るような社会の維持のために貢献すべきだということです。「オリパラをやりたいんです、お願いします」から「オリパラが出来るような社会の維持のために、我々もできる範囲で協力します」と。それが選手側の意識として、大きく変わった点じゃないかなと思います。

皆が「勇気をほしい」時のために準備する

――これからがまさに社会にアスリートが貢献することになると。

為末氏:
コロナが終息した次のテーマは地球温暖化だと思いますが、スポーツはそのリトマス紙になると思います。スポーツが出来る状態が、経済も活性化しつつ地球にも負担が少ないいい状況だと。たとえばサーフィンやトレイルランニングをやっている人達が、「ちょっとこのままだとスポーツ出来ないのでは」と感じるのが、1つのチェックポイントになるのではないでしょうか。

国立競技場にアスリートが戻るのはいつになるのか
国立競技場にアスリートが戻るのはいつになるのか

――これからアスリート達はアフターコロナの時代を生きることになりますが、どんなメッセージを送りたいですか?

為末氏:
1点目は、当たり前を当たり前と思わないということです。アスリートという肩書はどうしても強いのですが、その前に一市民としての生活があり、次にアスリートの顔があると。アスリートとしてスポーツ出来るのが、当たり前じゃないと思うのがまず1点。

2点目は、こういう危機の時にアスリートは必ず「こんなことをやっていていいのだろうか」と思います。社会からも「こんな時にスポーツ?」と。しかしどこかで必ず「今こそスポーツ」と変わるので、その時にむけて準備してほしい。今は大っぴらに「練習しています」と言いづらいかもしれませんが、皆が「勇気を欲しい」という時に競技できる準備をしていて欲しいなと。

3点目は、練習制限の問題です。2点目までは東日本大震災の時もありましたが、いまは練習をすること自体が制限され大変だと思います。しかし、こういう時こそクリエイティビティが大事で、もう1回基本に返って新しい自分を作り直して欲しいと思います。

コロナと一緒に生きていく覚悟

――最後に、為末さんは東京オリパラを来年無事開催できると思いますか?

為末氏:
私は個人的には結構楽観視していて、やれるんじゃないかと思っています。観客を世界中から呼ぶのが本当に出来るのかは分からないですけど、ヨーロッパやアメリカの友人と話していると、もうガツーンと一回落ち切って、楽観論に入りつつあるかなと。「仕方ないからコロナと一緒に生きていくか」みたいな覚悟が決まってきた気がします。ヨーロッパとアメリカの論調が変わると、だいぶ変わるかなという感じがしています。

――コロナと共生しながらスポーツをしていくことは難しいですが、東京オリパラもやり遂げたいですね。ありがとうございました。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。