新型コロナウイルスの感染拡大で、私たちの生活、国や企業のかたちは大きく変わろうとしている。これは同時に、これまで放置されてきた日本社会の様々な課題、東京への一極集中、政治の不透明な意思決定、ペーパレス化の遅れ、学校教育のIT活用の遅れなどを浮き彫りにした。

連載企画「Withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の第8回は、自民党石破茂元幹事長に、コロナとの闘いから、アフターコロナの国のかたち、そして国際秩序と憲法改正について聞く。

緊急事態宣言延長をどう見るか

石破茂元幹事長
石破茂元幹事長
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――まず、今の政権の新型コロナウイルス対策を、どうご覧になっているか教えてください。

石破氏:
もちろん、「あとから考えれば」ということは数え上げれば切りがないほどあるでしょう。しかし全てにおいて、日本はシミュレーションをしてこなかったということに尽きるのだと思います。SARSや新型インフルエンザの被害が少なかったので、新型のウイルスに対する備えが私も含めて出来ていなかった。危機管理は、準備をしていないことは出来ない。今回はコロナですが、これが武力攻撃だったらどうだったろうかと思うと改めて背筋が寒くなります。

――今後の緊急事態宣言の延長について、感染拡大防止の判断と同時に、経済の状況をどう見ていくかが重要だと思いますが、足元の経済をどうお考えですか?

石破氏:
需要そのものを無理やりに消してしまっているのですから、リーマンショックとは全く違う状況ですね。もしも収束後に、企業が倒産し、労働者の能力が落ちているようなことになれば、供給不足による悪性インフレの懸念も出てきます。私は全国で同じ対応というのは、もうそろそろ止めた方がいいと思っています。

緊急事態宣言とは、外出自粛要請やイベントの会場の使用制限、医療目的の施設使用の同意などの権限を、47都道府県の知事が行使する法的担保を与えたものです。47人の知事が、自分の都道府県に見合った判断をしてください、ということなので、全部同じ対応となると法の趣旨とは違うのではないかと思っています。各地の実情に合わせた形で、人と物の流通を効果的に制限し、医療崩壊を防ぐ方策を講じ、経済の回復の時期をなるべく早くする。

そして、終息後の供給不足という事態を回避するために、需要を止めている間は助成金等で雇用と企業を守る。供給サイドが痛んだら、悪性インフレのおそれも出てくる、という懸念は、先ほど申し上げた通りです。

――緊急事態宣言では、全国一斉にやらないと人が移動してしまう恐れがあると指摘されています。

石破氏:
果たしてそうでしょうか。もちろん、国と各都道府県との綿密な調整や連携は必要ですが、県を超える移動についての自粛をお願いすることは、全国一律であるとそうでないとに違いがあるとは私には思えません。憲法で保障する「移動の自由」にも、「公共の福祉」という歯止めがかかっています。

これまでは東京や大阪、名古屋が日本を引っ張ってきたわけですが、地方創生の本質は、地方こそがこれからの日本を牽引し、大都市のリスクを可能な限り低減するということだったはずです。今こそその本旨に立ち返って、岩手県なら岩手県、山形県なら山形県内の人と物の移動を徐々に認め、日本全体が沈んでいくのを地方から防ぐべきではないかと思います。

現場の声無き9月入学は乱暴

――緊急事態宣言の延長で、難しいのが学校再開をいつにするかです。一方で、これを機に学校制度を9月入学に切り替えるという案が急浮上しています。

石破氏:
英語の入試改革について大混乱をきたし、大臣の判断で見直しとなったばかりです。このような大きな制度設計については、なによりもまず教育の現場、当事者の方々、そして学生さんたちの意見も丁寧に聴くべきではないでしょうか。

9月からとなると、学年分断が起こらないようにするにはどうするのかという話もありますし、熟議を経ずに今年9月からというのはあまりにも乱暴です。私は9月入学自体に反対というわけではありませんが、現場が「この制度はこうすればできるね」と得心できるような制度設計を積み重ねた上でやらないと、取り返しがつかないことが起きるのではないですかね。

――感染症対策として、これまでも日本版CDCを作るべきだという意見が幾度となく上がっていましたが、いまも作られていません。これについてはどうお考えですか?

石破氏:
独立性の高い日本版CDCが必要と考えています。厚生労働省の中にCDC的な局を作るのではあまり意味がありません。アメリカのCDCは行政からも一定程度距離を置いた、自己完結型の独立組織です。欧米では「軍隊は国家に隷属し、警察は政府に隷属する」というのが常識ですが、CDCもこの意味では軍隊と同じような組織であって、政治的思惑をできるだけ排除するようになっています。日本版CDCも、内閣から「この感染症を早期に収束させよ」という指示を受けたら、実際に何をやるかはCDCが決める形にすべきだと思います。そのためには医学、特に感染症と公衆衛生の専門家を揃え、またその知見を社会にどのように適用し、それをどう広報するかといったノウハウも持った集団として作り上げ、行政は彼らの独立性を尊重し、彼らが言ったことを採用する。しかし責任は政治が持つ。こういう組織が望ましいと考えます。

アフターコロナの世界のパワーバランスは?

――ここからはアフターコロナの世界のパワーバランスについて伺います。まず中国ですが、いち早くコロナを封じ込め国際的な存在感を高めているように見えます。いまの中国をどう見ていますか?

石破氏:
短期的に言えば、中国の国家システムは感染防止に対して効果的だったと言えると思います。都市封鎖、情報統制や個人情報の国家による把握もそうです。しかし長期的には、軍隊は支配者のためのもの、情報は徹底的に統制され、人権は徹底的に抑圧されるという社会を、本当に世界は望みますかということだと思います。

そういう社会を望まない民主国家として、このウイルスとの闘いに勝つ、ということが重要です。ではこれまで民主国家はすべて負けたかというと、そんなことはないでしょう。台湾は人権弾圧という手法を取らずに目覚ましい成果をあげています。日本もいろいろ問題点は指摘されていますが、亡くなった方の数は決して多くはない。スウェーデンも特色ある対処法をとっていますし、ドイツもイギリスもそうです。そういう自由や人権や民主主義を重んじる国家が、新型コロナに勝つということが必要なんじゃないでしょうか。

ーー一方で民主国家の代表格であるアメリカが、いま一番傷んでいます。これはトランプ大統領のリーダーシップによるものだと思いますか?

石破氏:
トランプ氏はオバマ政権に対するアンチテーゼのような政策を実行してきましたし、大統領選挙を控えているということもあって、最初の頃は「こんなものはすぐ終わる」とも言っていました。ただ、アメリカ人の自由と民主主義は、我が国やヨーロッパよりもはるかに強い自己責任に根差しているので、感染拡大が直ちにトランプ政権批判となるかは分かりません。

アメリカは中国とは違う意味で自国ファーストです。また、移民国家として、世界で最も優れているから世界中から人材が集まるということがある。ですから正義を掲げるイデオロギー国家としては、どのような戦いであっても負けるわけにはいかないでしょう。そう考えると、米中の対立は構造的・宿命的なもので、何かをきっかけに終わるというようなものではないと思います。

――北朝鮮についてはいかがでしょう?

石破氏:
現状で確たることは申し上げられません。本当に金与正氏が後継者とされるのだろうか。韓国の文大統領とはどのような関係になるのだろうか。小中華思想である朝鮮民族が融和して、一国二制度を過渡期に挟むということも考えられますが、中国は今よりも同一性を高めた朝鮮半島の体制を好ましいとは思わないのではないでしょうか。だとすると、中国がどんな手を打ってくるのか。トランプ政権かバイデン政権かわからないけれども、アメリカの国力が相対的にしばらく下がっていく中で、その空白を中国が埋めようとする傾向はこれからも続くでしょう。

緊急事態条項、9条、憲法改正は

――では最後に憲法改正について伺います。緊急事態宣言を出したことを機に、憲法改正、緊急事態条項を党内で議論するべきとの声があがっていますが、この動きには賛同されますか?

石破氏:
緊急事態条項を必要とする典型的な場合は、武力攻撃事態です。憲法に定める「公共の福祉」による私権の制限には、かなり民主的な手続きを必要としますが、そういう手続きを踏んでいるいとまが無い場合の規定が憲法には欠けています。日本とは全く違う価値観を持った他国に侵略されて、日本国の憲法秩序が破壊され、基本的人権の尊重をはじめとする国民の自由と権利が根底から脅かされる場合に備えた緊急事態条項は必要です。

ただし、これは時期を限定した権力の集中ですから、開始、継続、そして停止、それぞれの要件と国会の関与について、明示的に事前に規定しておかないと暴走の危険が伴います。私は、このような緊急事態条項の議論は、今回のコロナに関連してすべきものではないと思っています。いまは確かに一種の危機ですが、憲法秩序が破壊されるような状況が起こっていますか、といえばそうではないと思います。

――現政権の憲法9条の改正案には反対されていますね。

石破氏:
そもそも現政権の改正案なるものが明確に示されているわけではありませんが、もし憲法9条一項、二項はそのままにして三項を付け加えるというような改正であるとすれば、それには反対です。これは「軍隊」の本質を完全に見失ったもので、将来に禍根を残します。

最初の話に戻りますが、平素から備えていないこと、訓練していないことはできません。日本の防衛態勢についても、何がどこまでできるのか、私たちは平素からしっかり知っておかないといけないのです。そうでなければ外交は出来ないし、国民もいざとなって「こんなはずではなかった」となりかねない。

法律にしても、日米安保条約にしても、陸海空の装備にしても、何が出来て何が足りないのかということを知り、平素から備えておくべきです。そこは新型感染症に対する準備と同じと言ってもいい。

わが国の国是である「専守防衛」は、達成するのは一番難しい防衛思想です。「専守防衛です」と言っていれば平和、と思っている人もいるのかもしれませんが、専守防衛は国土が戦場になる危険性を常に持っている防衛思想です。これも、本当にそれでいいのかと問うべきものでしょうね。

――お忙しい中ありがとうございました。

(聞き手:フジテレビ解説委員 鈴木款 インタビューは4月30日、都内の衆議院議員会館にて、ソーシャルディスタンスを取って行った)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。