終戦から77年が経ち、戦争を知らない世代が増えている。「戦争の記憶」をどう伝えていくのか。体験者が高齢化するなか、講演会だけでなく、最新技術を使い次の世代へとつないでいこうという動きも出ている。

戦地に赴いた人もいなくなり…語り部は当時7歳 直接体験した最後の世代

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子供たちに戦争の体験を語る、静岡市出身の杉山英夫さん(84)。
父親は太平洋戦争でフィリピン・ルソン島に出征し、命を落とした。終戦の約2カ月前、杉山さんが7歳の時だった。

杉山さん「終戦が2カ月早ければ父親は帰ってきたかもしれない」
杉山さん「終戦が2カ月早ければ父親は帰ってきたかもしれない」

杉山さん:
8月15日が終戦記念日ですけど、その年の6月10日。もう2カ月早く終戦していれば、父親は帰ってきたかもしれない。そんな形で戦死しました

終戦が近づいていた1945年6月、アメリカ軍の爆撃機B-29が静岡市を襲い、一夜にして2000人以上が犠牲となった。

この静岡空襲を7歳の時に経験した杉山さん。当時の記憶は鮮明に残っているという。

杉山さん「みんながB-29を見上げていた」
杉山さん「みんながB-29を見上げていた」

杉山さん:
東の方からずっとB-29、上空を白い雲をはいて飛んでいるんですね、晴れてる日に。みんなびっくりしてあれはなんだって見ていました

話に聞き入る子供や保護者
話に聞き入る子供や保護者

真剣な表情で耳を傾ける子供たち。
一緒に参加した保護者は、戦争を体験した人たちの高齢化を実感していた。

保護者:
杉山さんは戦時中、自分たちの子供くらいの年齢だったと。直接戦争を体験されているけど、(語り部は)杉山さんのお父さんのように現地に行った人ではなくなっているのだなというのが、一番気になったところでした

高齢化する語り部 AIでつなぐ体験談…質問のやりとりも

体験者の高齢化は進み、その数は減り続けている。戦争の記憶をどう伝えていけばいいのか。

AI語り部
AI語り部

「それではなにか質問があればお願いいたします」

薄いスクリーンに映った、高齢女性。記者と向き合い、一見テレビ電話で話をしているように見えるが…、実はこれは、AIを用いた語り部。戦争体験者から聞いた話を収録していて、質問に対してAIが適切な回答を選び出し、答える仕組みだ。

実際に記者が、話しかけてみた。

竹下昇輝 記者:
空襲はいつごろから始まりましたか?

AI語り部:
空襲は真夜中で時間的な感覚はわかりませんでしたけども、あとで12時半と聞いたのでそのころだったと思います

画面の中で体験を語るのは、浜松空襲で母を亡くした、野田多満子さん(84)。

このシステムには、野田さんの回答 約100個が収録され、細かな顔の動きから、実際に会話をしているような体験ができる。

戦争を伝える語り部の活動を支援したいと、3年前、浜松市内に本社を置くベンチャー企業が開発に乗り出した。

安田社長「今までの継承と最先端技術の並行を」
安田社長「今までの継承と最先端技術の並行を」

シルバコンパス・安田晴彦 社長:
このシステムを使うと、戦争体験者の生の声を永続的に残すことができる。今までの語り部の継承活動は非常に重要ですが、それと並行して、最先端のテクノロジーを使った語り部の継承活動というところに注力していきたいと考えています

「築き上げたものが一瞬で灰に」…戦争を伝え続ける大切さ

AI語り部に協力した野田さん(左)
AI語り部に協力した野田さん(左)

協力した語り部の野田さんも、あの日の悪夢は伝え続けなければならないと話す。

浜松空襲の夜、当時7歳だった野田さんは、火の海が迫る中、母や姉と防空壕に向かって逃げた。

野田さん「逃げた時は気が動転していたかもしれない」
野田さん「逃げた時は気が動転していたかもしれない」

野田さん:
夜中にダダダと鳴って飛び起きたら、向かいの家に爆弾が落ちて火柱が上がっていて。ここを下った覚えもあまりないくらいだから、気が動転していたのかもしれないですね

逃げる人たちが洪水のように流れていたと語る野田さん。その流れの中を走りながら、次々と人が倒れていく様子を目にしたという。

当時 通った道(浜松市中区)
当時 通った道(浜松市中区)

野田さん:
上で火の海を見たとき、もうこれでだめだ、逃げ場所ないなと思ったし、走っていながらも逃げ場所はないと思っていました。だから、このまま走っていてもいつ火の中に突っ込んでしまうのだろうかと、その恐怖はありましたね

逃げる途中で母親とはぐれ、空襲の翌日 防空壕で待ったが、迎えに来ることはなかった。

野田さん:
戦争ほど馬鹿らしいものはないですよね。あれだけ皆さんが一生懸命努力して苦労して築き上げたものが、一瞬で灰になって消えちゃうんですから。
そういうことにならないように、これから日本を背負っていく若い人たちはそういう方向にならないように、日本を進めてもらいたいなと思います

体験者の思いをくんだ最先端の技術も活用しながら、戦争の記憶をこれからもずっと伝え続けていくことが求められている。

(テレビ静岡)