お盆の伝統行事の伝承が難しくなっている地域がある。少子化に加え、新型コロナウイルスの影響で集まっての練習ができないためだ。
浜松市で、伝統の継承に奮闘する親子を取材した。彼らが守るのは、450年前に徳川家康が戦で大敗したことが起源とされる「遠州大念仏」だ。
盆行事「遠州大念仏」…起源は家康 三方ケ原の戦いでの兵供養
2022年7月、浜松市中区上島で行われていたのは、遠州大念仏の練習だ。

遠州大念仏は、1573年の「三方ケ原の戦い」で犠牲となった兵の供養として、徳川家康が始めたことが起源とされる。家康はこの戦いで武田信玄に大敗して多くの兵を失い、命からがら城に逃げ帰った。その死者の弔いがお盆行事となり、現在も浜松市から袋井市までの55の地区に伝わっている。

念仏に合わせ、太鼓を踊るように打ち鳴らすことから「踊り念仏」とも呼ばれ、初盆の家を歩いて回る遠州の盆行事だ。
コロナで3年ぶり開催 伝統継承が課題
しかし2020年と2021年は新型コロナの影響で実施できなかった地区も多く、さらに後継者不足や依頼する家の減少も深刻で、伝統の継承が課題となっている。

上島組 組頭・中村剛さん:
伝統をつなげていかなければいけないので、1~2年も空けてしまうとなかなかつながっていかない。(この2年間は)やむなく自粛をした次第です

中村剛さんが組頭(くみとう)を務める浜松市中区の上島でも、2年間は中止したが、2022年は、約50年前から続いている子供による踊り念仏も再開した。
取材に訪れたこの日、小学4年生5人が練習に取り組んでいた。
参加した児童:
友達のお父さんから誘われました。楽しいけど、ちょっとだけ難しかった
別の児童:
楽しい。(何が楽しい?)ちょうちん踊り。(どんなところが楽しい?)跳ぶのが楽しい

伝統行事の指導は93歳の父から息子へ
また上島では、約50年前に小学生への指導を始めた93歳の中村伯司(のりじ)さんが、今も元気に笛や歌念仏を唱えている。

中村伯司さん(93):
「人様に迷惑をかけるのでいい加減にやめて」と家族に言われているけど、好きだからすぐ来ちゃう
現在、組頭を務める剛さんとは実の親子。親子で地域の伝統を引っ張っている。
上島組 組頭・中村剛さん:
父親が中心になって(子供の指導を)やって、その時に私が教えてもらった。今は代替わりしています。子供たちに一生懸命やってもらって施主さまに喜んでいただければということで、一生懸命供養をさせていただこうかなと思っています

受け継ぐ難しさ…伝統に幕を下ろす地域も
一方、2022年で伝統に幕を下ろす決断をした地域もある。
浜松市東区の西ケ崎町では、子供が参加していないほか、8人が次回から大念仏の参加を辞めてしまうこともあり、2022年の今回を最後とすることを決めた。
初盆を迎えた家には近所の人も訪れ、大勢が見守る中で、最後の念仏が行われた。「また復活させてほしい」という願いも聞かれた。

西ケ崎町 組頭・神谷剛さん:
60年近くやっているので(終わるのは)寂しい。自分もいつか亡くなるので、その時に今の若い人が念仏踊りで自分を供養してくれれば最高だなと思っていたけど…

最後は妻の供養 「苦労かけたなあ、ごめんよ」…大仕事終え引退決意
浜松市中区の上島でも本番を迎えた、この日。
最年長となる伯司さんは、2021年に亡くなった妻・尚子さんの初盆を自分で供養しようと考えていた。
中村伯司さん(93):
自宅で(念仏を)唱えて、私が供養してあげたいなと思っています。「長い間、俺も自分勝手なことをして苦労をかけたなあ、ごめんよ」と言いたい

妻への思いを届けるため。
伯司さんは家の近くで一行と合流し、熟練された歌念仏を披露した。

そして長年続けてきた笛で、息子の剛さんと音色を奏でて妻の供養を済ませると、70年ほどに渡って心血を注いできた念仏からの引退を決めた。“一番の仕事”を終えたからだ。

中村伯司さん(93):
せがれが「もう親父いい加減にしようよ」と言ってますのでね。見ていられないのでしょうね。親子共々、大念仏が続いていくことを願って、きょう妻の供養をしました。私は退いていこうと思います
450年の伝統を次世代に伝えて
その後、子供たちも力強い太鼓の音と踊り念仏を披露し、3年ぶりに行われた上島の大念仏は無事に終了した。

中村剛さん:
いい日本の文化じゃないですけど、やってよかったなと思っています。継続することは難しいことではありますが、若い人も一生懸命やってくれているので。450年も前からやっていますから、伝統を守っていかねばいけないということで、後輩にも伝えていきたい

少子高齢化に新型コロナが追い打ちをかけ、地域の伝統芸能の継承が難しくなる中、上島では親から子へ、さらに孫の世代へと、大念仏の伝統とその熱い思いが受け継がれている。
(テレビ静岡)