羽生結弦がプロ転向を表明
7月19日、羽生結弦(27)が都内で記者会見を開き、プロ転向の決断を下した。
この記事の画像(22枚)「たくさんの応援のおかげで、僕はここまでこられましたこれからはプロのアスリートとしてフィギュアスケートを大切にしながら、羽生結弦の理想を追い求めながら頑張っていきます」
幾度となく打ち立てた世界最高得点に、男子シングル66年ぶりとなる五輪連覇。さらには男子史上初となるスーパースラム(主要国際大会完全制覇)など、数々の金字塔を打ち立ててきたフィギュア界のレジェンド羽生結弦。
「僕はまだ自分自身を追いかけられる」(2014年)
「プライドをもって、自分に自信をもって、誇りをもって」(2016年)
「ここで化石になっちゃダメだなって」(2020)
その黄金の歩みには、未来を創る羽生結弦の言葉が存在した。
未来を創る羽生結弦の言葉
当時小学6年生の羽生は、自らの夢を物おじせず、こう言葉にした。
「目標はオリンピックで優勝することです」
そして誰もが驚くような成長曲線を描いてきた。
2013年には「本当に風のように、本当に早く成長したい。一番上まで駆け上がりたい」と口にしていた羽生。
そして2014年のソチ五輪で日本男子初の金メダル獲得。当時わずか19歳で「五輪で優勝」という夢を現実へと変えてみせると、芽生えた"王者の自覚"が羽生を突き動かす。
「自分が変革者となって、4回転の種類を増やすなり、違ったフィギュアスケートを出せるように、僕から頑張っていかなきゃいけない」(2014年)
すると未来はその言葉通りとなり、4回転ジャンプの種類と回数は一気に激増し、新たな4回転時代へと突入。もちろん、その中心には羽生結弦がいた。
2015年のNHK杯で羽生はショート、フリー、総合の全てにおいて世界最高得点を更新、史上初の300点超えで優勝をはたす。
「次の試合でノーミスします」
「そうじゃないと羽生結弦じゃない」(2016年)
羽生には"努力"に対する確固たる信念がある。
「努力はウソをつく。でも無駄にはならない」
「ウソをつかれるからこそ、もっと違う努力をしないといけない」
「努力の正解を見つけることが大切」(2016年)
2018年平昌(ピョンチャン)五輪での男子シングル66年ぶり連覇達成は、そんな努力が生んだ大偉業だった。
競技生活の最後に掲げた夢
そして競技生活の最後に掲げた夢は、人類がまだ見たことのない景色だった。
「モチベーションは全て4回転アクセルだけ」
ーー人類で最初に成功させたい?
「成功させたい!」(2018年)
それは、まさに人類の限界への挑戦。
「限界突破!」
「今の限界は今の限界であって、未来の限界は違う」
「リミッターを壊しちゃえば、もっと引き出せるものはたくさんある」(2019年)
「今まで自分の人生の中で、絶対これをやると言ってやりきれなかったことはない」(2020年)
すると2022年北京五輪、3度目の夢舞台で4回転アクセルに挑み、転倒とはなったが「4回転半ジャンプ」として世界初の認定となった。
「そのジャンプとしての最高点には、僕の中ではたどり着けた」
「満足した4回転半でした」(2022)
羽生結弦が明かす「言葉」に込めた思い
かなえたい願いを言葉にすることで、未来を切り開いてきた羽生結弦。19日の記者会見後の単独インタビューで、その数々の「言葉」に込めた思いを明かした。
「自分自身がそう期待しているから、ただ言葉にしているだけですかね」
「基本的に自分に期待している自分がいるんです」
「ちゃんとその期待に応えてあげたいっていう自分もやっぱりいて、自分の限界に挑み続けて、自分の限界を広げ続けてなんぼだとやっぱり僕は思っている」
羽生結弦から羽生結弦へエール言葉
プロスケーターとして新たな戦いに挑む羽生結弦へ羽生結弦からエールの言葉を。
「皆さんが想像しているプロというものに対しての挑戦になると思ってます」
「胸張って、これが僕のフィギュアスケートだって」
「これが自分が選んだステージだって言い切れるように」
「『ちゃんと頑張れよ!』って」
「『これで終わりじゃない、これは始まりだ!』ってちゃんと言ってやりたいです」
世界中の人々が、これまで以上にフィギュアスケートの素晴らしさ、羽生結弦の素晴らしさを楽しみにしている。
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