15日、全国の新型コロナウイルスの感染者は今年2月以来となる10万人を超え、東京都は14日、「経験したことがない爆発的な感染状況になる」として最も深刻な警戒レベルに引き上げた。政府は夏休みを迎える中で行動制限は求めず、高齢者や医療従事者のワクチン4回目接種や若者の3回目接種などを呼びかけている。

新型コロナウイルス感染症患者が国内で確認されたおととし初めから現場の調査支援や対策に取り組んできた国立感染症研究所の砂川富正実地疫学研究センター長に話を聞いた。国立感染症研究所から派遣される実地疫学専門家(通称FETP)が臨む現場の調査は、自治体などの要請を受けて現場に入り、感染経路や感染源を突きとめつつ感染拡大を防ぐ対応を行うものである。これまで厚労省のクラスター対策班として、感染が拡大している各自治体に出向き、アドバイスなどにもあたってきた。

国立感染症研究所 砂川富正実地疫学研究センター長
国立感染症研究所 砂川富正実地疫学研究センター長
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砂川センター長は沖縄のアメリカ海軍病院にインターンとして勤務しているときに米軍基地内で集団発生した日本脳炎を発見し、アメリカから派遣されたCDC(疾病対策センター)の専門家チームと対応にあたったことをきっかけに疫学調査を志したという。また、2000年頃に沖縄ではしかが流行した時はワクチン接種率が低く、乳児が相次いで亡くなっているとの情報を聞き、現場に飛び情報収集を行い長期的な対策に関わることとなった。その後、WHO(世界保健機関)チームの一員としSARS対策などにもあたってきた。

クラスター対策で感染を抑え込む

Q現場ではどのような対策を進めてきたのか

FETPは自治体の要請で現場に行き、保健所などに専門家としてアドバイスを行います。保健所が集めている情報をさらに精査してクラスターの感染源を特定し、濃厚接触者らの検査や行動抑制に繋がる情報の整理などをより効果的に行うことでさらなる感染を抑え込みます。多くの自治体では数次の経験を経て、技術的にもかなりのレベルアップがなされています。

これまでの経験から、初期のウイルスの広がりは、変異ウイルスを含めて面的に一気に来るものではありませんでした。発生しているクラスターを探り、それぞれに対策を行うことで、拡がりをある程度抑え込む、速度を遅めることができます。保健所などの対応を支援してきた立場で言うと、感染の過程で発生するクラスター個々に対して日本の保健所がしっかりと対応してきたことで、多くの感染拡大の萌芽が摘み取られてきました。

声を大にして言いたいのは日本では本当に保健所が頑張っていて、もっと大流行しそうな地雷があちこちにあったのにそれを片っ端から潰してきたということでした。その中でどうしても間に合わなかったものが大流行してきた状況があります。保健所の功績は大きく認められても良いと思います。

自分の身は自分で守る 子どもたちへのワクチン接種を

Qオミクロン株の対策は

潜伏期間が短く感染力が強いオミクロン株で個々の感染経路をたどることは、感染者の数があまりに多いこともあり、非常に困難です。国は全ての感染者の調査を行うことをやめて、高齢者施設や医療機関での感染者の発生を早期探知することにより重点を置くことを事務連絡しました(重点化)。これらの施設では、最低限必要な感染管理の対応とともに、一定程度の疫学調査が行なわれる場合もあります。これにより、高齢者や基礎疾患がある人の早期対応や早期治療を進めることができます。 

特にオミクロン株の状況となり、全般的に言えることは自分の身は自分で守るという個人防衛の重要性です。単独の切り札はありません。ワクチンのみならず、手洗い・手指衛生やマスク、距離の確保など自分や自分の大切な人を守る対策を自ら気をつけて取り続けることで、オミクロン株であっても感染を避けることができると確信します。

社会としての行動制限まで至らなくても、個人が必要な対策を知り、気を抜かずに継続することで、流行するオミクロン株とどう共存するかの折り合いをつけられると私は思っています。

ワクチン接種については、若い人たちの3回目のワクチン接種だけでなく、子どもたちへの接種も可能な限り進めていくべきだと思います。

はしかやポリオはワクチンを接種すれば、目に見える感染を予防できます。新型コロナワクチンはそこまでの効果ではないものの特に3回の接種は非常に有効で、オミクロン株であっても抗体の質・量を増加させることが観察されています。

個人としての重症化のリスクを下げることを主目的としてワクチンを接種し、感染を防ぐために必要な対策の両方を行うことが必要です。

Qオミクロン株の特徴は

例えば島根県などこれまでそれほど感染が広がっていなかった地方でも感染者が増えています。BA.5への置き換わりの速さが関係しているのかもしれません。

これまでの新型コロナウイルス感染症は繁華街などで発生し、職場や家族を通じて学校や医療機関に広がりました。一方オミクロン株は、感染のスピードが速く、学校や保育園の間で感染が広がり、そこから家庭内を経て、職場や医療機関などに拡大していくパターンがみられていると評価しています。

全体の感染に占める子どもの占める割合が、従前の変異ウイルスによる流行波と比べると大きくなっていることが考えられることからも、子どもへのワクチン接種を勧める蓋然性は高まっていると思います。

医療の逼迫を再び懸念

現在、BA.5の影響も受けた第7波のさなかにあるとみられる、私の出身の沖縄県の医療状況を聞くと、病院の限りあるベッド数の中で、新型コロナウイルス患者のために病床を多く使うとそれ以外の病気の患者の病床がどうしても減ってしまう状況がみられています。それが結果的に医療全体を見ると逼迫を招くことになります。

自治体によって、どういう症状の人を入院させるか、より重症以上に絞るなどの対応を取っているところがあると聞いています。 

屋形船、夜の街、ブレイクスルー感染…

Q2年半のコロナ対策を振り返って

これまでの現地調査で得られたキーワードをあげていくと、その時の流行像やウイルスの特徴が見えてきます。

例えば初期の屋形船などはこのウイルスがどういうものかよく分からず、ワクチンもまだない中で、風評被害も広がりました。

キーワードから過去を振り返り、未来に生かしていくことができると思います。

Q現状での疫学調査は

オミクロン株では、感染拡大のスピードの速さに伴う感染者数の著しい増加から、従前まで行われてきた疫学調査の実施は困難です。

しかし、オミクロン株の重症化の割合が低いと言っても、個々の高齢者や基礎疾患がある人が感染すると重症化したり死亡するリスクがあります。なので、保健所単位のミクロの視点で言えば、重症者が発生する可能性のある高齢者施設や医療機関など特定の場所では、オミクロン株であっても、クラスターが発生した時の積極的な疫学調査による対策が重要な意味を成す場合が少なくないと思います。そして重症者でなくとも、届け出られた感染者全般に重要なこととして、接触者の中で割合が一定的に高い家庭内感染の対策に関する周知啓発が重要です。

保健所の視点を超えたマクロの視点で言えば、オミクロン株の全般的な重症度の低さや疫学調査を実施する自治体の負担を考慮して、その地域の感染拡大の状況が一定程度以上であれば疫学調査を一旦やめても良いかもしれない、しかし一定程度以下になれば再開する、というオンとオフを柔軟に切り替えていくことが望ましいと私は思います。ここは実際には大変難しいところで、技術的にオンとオフをどうつけるかという研究的な側面と、運用としてそれをどう行うか、というところを含めて、非常に大きな課題です。

また、我々はこれまでは要請に基づいて自治体の疫学調査の支援を行ってきましたが、今後も変異したウイルスが出現し、その知見(重症度が低いこともある)を集める必要性を考えると、今後は「深堀調査(仮称)」といって、自治体に対してこちらから情報収集や分析を行う提案を行い、積極的に知見を収集していく必要があると考えています。

まだ油断はできない

Qこれからの新型コロナウイルス感染症との向き合いは

多くの人が新型コロナウイルス感染症は終息に向かっていると考えているかもしれませんが、これまでも年に3回程度の変異を繰り返し、その都度、(より検査や届出が簡便になってきた背景ももちろん影響しているでしょうが)感染者数を増やしてきました。今後も感染性や病原性が異なるウイルスが発生する可能性はあります。オミクロン株の中でも変異が発生していますし、さらに野生動物への感染拡大などの状況を考えると、現在の新型コロナウイルスが安定的に今後も同様に続くと考えるのは早く、まだ油断しないことです。

オミクロン株の現状を考えつつ、今後のウイルスの変異の可能性も含めて、感染状況の分析や対応をどのように人々が納得できる最善の道とするか、その明確な目標とシステム全体の戦略を見つけていくことが大切だと思います。

【執筆:フジテレビ解説委員室室長 青木良樹】

青木良樹
青木良樹

フジテレビ報道局特別解説委員 1988年フジテレビ入社  
オウム真理教による松本サリン事件や地下鉄サリン事件、和歌山毒物カレー事件、ミャンマー日本人ジャーナリスト射殺事件をはじめ、阪神・淡路大震災やパキスタン大地震、東日本大震災など国内外の災害取材にあたってきた。