6⽉24⽇。フジテレビの夕方のニュース番組「イット!」の最後を彩ったのは、ガチャピンからのビッグニュースだった。

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ガチャピン:
なんと僕、この冬、南極⼤陸に上陸することが決定しました。⽣まれて初めての南極! 今から、ドキドキワクワクしています!

無事に「ガチャピンが南極の観測隊に初同⾏!」のニュースが全国に流れたことに、安堵のため息をついたのは、私たちフジテレビ南極取材チームの3⼈。

この⽇は、私たちが正式に南極観測隊の同⾏者として正式に認定された⽇でもある。

南極への挑戦は、決して平坦な道のりではなかった。この記事では、「第64次南極地域観測隊」の同⾏者としてのスタートに⽴つまでの半年の経緯をお伝えする。

フジテレビのスタッフは”初”

第1次南極観測隊が南極・オングル島に上陸して昭和基地の開設を宣言したのが1957年。それから60年以上が経ち、フジテレビのスタッフが観測隊の同⾏者に選ばれたのは今回が初めてだ。

左から、坪谷健太郎ディレクター、芹澤将也カメラマン、大塚隆広デスク
左から、坪谷健太郎ディレクター、芹澤将也カメラマン、大塚隆広デスク

南極取材チームは3⼈。報道のデスクも務める⼤塚隆広。カメラマンの芹澤将也。そして私、ディレクターの坪⾕健太郎。3⼈ともがプロカメラマンとしての経歴があり、極地において例え1⼈になっても撮影が続けられる⼈選となった。

しかし、この3⼈が同⾏者に選ばれるまでには⼀筋縄ではいかない事情があった。⽴ちはだかったのは、半年間に及ぶ「3つの試練」だ。

試練① 企画プレゼン(2022年1⽉)

フジテレビとしては、2023年は⼤ヒット映画「南極物語」の上映から40周年という年でもあり「あのタロとジロがいた昭和基地を撮りたい」そして何よりも「南極観測の現状を視聴者に伝えたい」そんなミッションを最初に受けたのは⼤塚デスクだ。

南極(画像はイメージ)
南極(画像はイメージ)

カメラマンとディレクターも含めた3⼈でチームとして南極を取材する。 そのための最初の試練は、昭和基地を管理する国立極地研究所への企画プレゼンで採択される必要がある。

⼤塚デスクは持ち前の取材⼒で、南極観測の現状を徹底調査。 芹澤カメラマンは新しい中継技術の提案を整えるなど、3⼈で何度も集まってプレゼンの練習をした。 その時の⼤塚デスクの⼝癖は、「これで落ちたら俺、フジテレビ辞めるわ」である。どれだけのプレッシャーの中にいただろうか…。

「できる限りのことはやった」とすがすがしい表情で写真に収まる3人
「できる限りのことはやった」とすがすがしい表情で写真に収まる3人

極地研のある⽴川駅前で、プレゼン後に3人の写真を撮った。⼈⽣をかけたプレゼンを終えて「できる限りのことはやった」という気持ちだった。

そんな努⼒の甲斐あり、結果は…合格!! まだコロナ禍で握⼿はできなかったが、お互いの肘と肘でタッチをして喜びを分かち合った。努⼒が実った瞬間だ。 しかし、喜びも束の間。この時点ではあくまでも候補者。ここからまだまだ試練が続くこととなる。

試練②冬期総合訓練(2022年2〜3⽉)

フジテレビ取材チームのみならず、第64次南極地域観測隊の候補者が集まったのは⻑野県東御市。「冬期総合訓練」通称・冬訓(ふゆくん)と呼ばれる、南極⽣活に向けての4泊5⽇の訓練が⾏われた。

参加者は極地研のスタッフを始め、南極で観測をする研究者、昭和基地を管理する建築や通信のプロ、学⽣や学校の先⽣などバラエティーに富んでいる。男⼥⽐は9:1程度。中には「越冬隊」とて1年4カ月に及ぶ南極⽣活に臨む⼥性隊員候補もいる。

初⽇は南極観測の現状や、第64次観測隊の研究内容の確認。そして、2⽇⽬からは雪の降り積もる中でのサバイバル訓練が始まった。

雪が降り積もる中、テントを設営してそのまま宿泊。氷点下でのテント泊
雪が降り積もる中、テントを設営してそのまま宿泊。氷点下でのテント泊

班に分かれてテントの設営後、そのままテント泊。そして、スノーシューを履いての冬⼭登⼭へと続く。慣れないロープワークや登⼭道具の扱いに苦労するが、国⽴極地研スタッフの⽅々の全⾯的なサポートがあり、天気にも恵まれて安全に⾏うことができた。

そして、訓練はより実践的な内容へと移る。

万が一クレバスに落ちてしまった場合に備えてロープで木に登る訓練
万が一クレバスに落ちてしまった場合に備えてロープで木に登る訓練

これはロープで⽊を登る訓練だ。もしも南極でクレバス(氷の裂け⽬)に落ちてしまった場合に、⽣き残るための⽅法を⾝につけるために⾏われている。

特別な道具はなく、体に装着したハーネスと複数本のロープ、カラビナだけで⽊に登っていく。最初は体の使い⽅が分からず⼾惑ったが、コツを掴めばスムーズに登れるようになった。⾼い⽊にするすると登っていく感覚が楽しくて、つい笑顔が溢れてしまう。しかし、これはあくまでも訓練…。

コツをつかむとスムーズに登れるようになって笑顔が
コツをつかむとスムーズに登れるようになって笑顔が

南極にはレスキュー隊も警察もいない。昭和基地から“すぐお隣”のロシアの基地までは約1000km離れているので、もしもの場合、隊員以外誰も助けてくれない。⼀歩間違えば死に繋がる厳しい⼤⾃然の中で観測を遂⾏し、無事に帰ってくることが各⼈に求められる絶対のルールだ。

その後も、要救助者の搬送⽅法などを学ぶ候補者たち。

新しいスキルを⾝につける喜びを感じつつも、南極での観測はともすれば死と隣り合わせであることも同時に学んだ5⽇間だった。

要救助者の搬送方法を学ぶ。真剣な表情だ。冬のサバイバル訓練は5日間に及んだ
要救助者の搬送方法を学ぶ。真剣な表情だ。冬のサバイバル訓練は5日間に及んだ

試練③健康診断(2022年3〜5⽉)

各⾃で健康診断を受けることとなった。前述の通り、全ては⾃分たちで⽣活しなければいけない南極の世界。当然、もし不慮の事態があったとしても、満⾜な医療を受けることはできない。

35歳未満であっても⼈間ドックで徹底的に調べて、健康が確認された者のみが正式な隊員や候補者となることができる。

通常の⼈間ドック検査に加えて、胃カメラが必須となる。そして「負荷⼼電図」も必須項⽬の⼀つだ。専⽤の機器を付けて、30分ほどトレッドミル(ルームランナー)で運動をした状態で⼼臓の状態を調べた。

いくらプレゼンや訓練を潜り抜けても、健康でなければ南極には⾏けない。

果たして⾃分が南極に⾏けるくらい健康なのか!?チームの年⻑者・⼤塚さんをはじめ、6⽉の正式発表までは⼼のどこかで不安な⽇々が続いていた。

暗闇に温かい光がともり幻想的な風景となっていたが…慣れない経験に、眠れない夜を過ごした隊員候補者もいた
暗闇に温かい光がともり幻想的な風景となっていたが…慣れない経験に、眠れない夜を過ごした隊員候補者もいた

スタートラインに立ったばかり「どんな試練も乗り越える」

そして…6⽉24⽇。

そんな試練の⽇々を経て、私たちは無事に3⼈ともが候補者として認めてもらうことができた。ほっと安堵のため息をついた理由はこうした試練を乗り越えてのことだった。

スタジオにいるガチャピンは「今からドキドキワクワクしています!」と伝えてくれたが、我々3人は実は半年前からずっとドキドキしっぱなしだった。

ガチャピンも「ドキドキワクワク」
ガチャピンも「ドキドキワクワク」

同時に、「ワクワク」もガチャピンに負けない気持ちだ。この半年で南極に関する知識がついてきていて、知れば知るほど、まだ⾒ぬ⼤地を思う気持ちは増してきている。この⾜で南極の氷を踏みたい。体で⾵を感じたい。雄⼤な⾃然をカメラで捉えて、視聴者にお届けしたい。

そのためならば、どんな試練でも乗り越えるつもりだ。

南極観測船「しらせ」が出港するまで、あと4ヶ⽉。私たち3⼈と、そして、恐⻯の子どものフジテレビ南極取材チームは、まだスタートラインに⽴ったばかりである。

(執筆:坪谷健太郎)