「一体いつまで続くのか……」。北京日本人学校に子供を通わせている母親が疲れ切った表情でこんな嘆きの声を漏らした。その理由は、約1カ月半にわたり休校となっていた学校の再開が直前になって延期になったからだ。

北京市では4月下旬から新型コロナの市中感染が増え始め、5月に入り感染対策が強化された。これにより幼稚園から高校まで全ての学校が休校になった。当局は飲食店の店内飲食禁止や公共交通機関の一部閉鎖など次々に規制を強化し、その結果、市民の行動の自由が奪われた。この厳しい対策が功を奏したのか、北京市の新規感染者は徐々に減り始め、6月6日には飲食店の店内飲食が解禁され日常を取り戻すかのように見えた。しかし、そんな雰囲気を一転させたのが9日にナイトクラブで発生したクラスターだった。

クラスターが発生したナイトクラブ 周辺の店舗は全て営業停止になった
クラスターが発生したナイトクラブ 周辺の店舗は全て営業停止になった
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濃厚接触者1万人の影響 突然自宅から出られなくなる事態も

クラスターが起きたナイトクラブは北京市朝陽区の三里屯にある。ここは日本で言えば六本木にあたり、北京最大のバーエリアとして若者が多く集う場所だ。飲食店の店内飲食が解禁されると、これまで我慢を強いられていた若者は一斉にナイトクラブを訪れた。その結果、客や従業員など300人以上が感染し、濃厚接触者は1万人を超えるという大規模なクラスターが発生した。中国当局は、ナイトクラブが感染対策を怠ったとして営業免許を取り消す方針を明らかにし、経営者の立件も視野に捜査を進めると発表した。先程の北京日本人学校に子供を通わせる母親は「ナイトクラブに行った若者と子供には全く接点がないのに、なぜ子供が犠牲になるのか」と強く憤った。

再開が延期された北京市の小学校(6月13日撮影)
再開が延期された北京市の小学校(6月13日撮影)

ナイトクラブ関連の感染者は日に日に増加し、感染者が一度でも立ち寄ったエリアは軒並み封鎖された。そこには公園やレストラン、スポーツジムなどあらゆる施設が含まれている。また、突然スマホに「あなたが立ち寄った場所はリスクエリアです」とメッセージが入り、その日から数日間自宅から出られなくなることもあるなど影響は広がりをみせている。ナイトクラブがある朝陽区は地域の全住民(人口約345万人)に対して6月13日から6日間連続のPCR検査を義務付けた。

ネット上で公開されている陽性者が立ち寄ったエリア
ネット上で公開されている陽性者が立ち寄ったエリア
ほぼ毎日PCR検査が義務となっている北京市朝陽区
ほぼ毎日PCR検査が義務となっている北京市朝陽区

習主席「ダイナミックゼロコロナを堅持」 はびこる“恐れ”と“疲弊感”

6月8日、習近平国家主席は四川省を訪れ、農村や学校、企業などを視察した。視察の中で習主席は「第20回党大会に向けて良好な環境を作り出さなければならない。感染症対策と経済、社会発展の両立に取り組み、経済発展で直面している現在のいくつかの困難を断固として乗り越えるべきだ。雇用、社会保障、貧困層の問題などに取り組み、社会の安定を維持しなければならない」と述べた上で「堅持こそ勝利だ。ダイナミックゼロコロナの方針を揺るぎなく堅持し、感染対策に迅速かつ確実に取り組み、これまでの成果を断固として強固にしなければならない」と改めてゼロコロナ政策の堅持を強調した。

中国・四川省を視察する習近平国家主席
中国・四川省を視察する習近平国家主席

中国では陽性者だけでなく濃厚接触者も隔離になるが、さらに濃厚接触者の接触者さえも隔離対象になることがある。実際、私は2022年4月に東京ドーム2つ分よりも広い商業施設に立ち寄り、この商業施設のある洋服販売店から陽性者が出たというだけで問答無用で2週間の隔離となった。私がいた飲食店と洋服販売店は100メートル以上離れていて、陽性者との接触は一切ないことを担当者に伝えても「決まったことだから」という一点張りだった。ここに“科学的根拠”はなく、当局から一度連絡が来てしまうと抗うことはできない。こういった対応を前にして感じるのは、現場にいる担当者はコロナ対策の責任を取らされるのを恐れているということだ。感染を広げると担当者もまた“問答無用”で責任を取らされる事から現場では過剰な対策が次々と行われているように思える。ある意味、ゼロコロナ政策における被害者は私たち市民ではなく、実は現場の担当者かもしれない。

欧米などでは規制が撤廃され、マスクなしの日常が戻り始めているが、首都・北京では私が赴任した2021年8月よりもコロナ対策は厳しくなっている。北京市では電車やバスに乗る際や公共施設に入る際も72時間以内の陰性証明が必要になるため、市民は毎日のようにPCR検査を受ける必要がある。生活の自由が奪われていく中で、ある市民は「人々は心身共に共に疲れていて、多くの人の心に何らかの変化が出ている」と繰り返される規制に対して、日本人の母親と同じように嘆いた。

【執筆:FNN北京支局 河村忠徳】

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。