仕事を失い、住むところや食べ物にも困る状況に陥った場合、相談のために真っ先に向かうのは自治体の窓口ではないだろうか。ところが、相談を受ける自治体の職員自身が不安定な非正規職員であるケースが少なくない。自治体の非正規職員の任期は原則1年とされており、雇用が更新されず職を失えば、相談を受ける人自身が生活困窮者になることもあり得るのだ。
特に今年度末は、自治体の非正規職員に対して大量の「雇止め/公募」が実施される可能性がある。2020年4月に始まった「会計年度任用職員制度」で、多くの自治体が非正規職員の任用更新が2回までという制限をつけてから3年目を迎えるのだ。該当者はいったん雇止めとなり、継続を希望する人は、再度の「公募」に応じなければならない。
この記事の画像(9枚)会計年度任用職員制度について、公務非正規問題について取り組む団体の「公務非正規女性全国ネットワーク(通称:はむねっと)」副代表の瀬山紀子さんにお話を伺った。はむねっとでは、2021年6月に国や地方自治体で公務労働に従事している方を対象にしたアンケート調査を行い、1305件の回答を得ており、今年も6月3日までを期限に、当事者アンケートを実施中だ。
2022年度末に40万人の雇い止めが発生する
Q.多くの自治体で、「会計年度任用職員の1年ごとの任用更新は2回まで」としていますが、どんな理由からでしょうか。
瀬山氏:制度変更の準備のために2018年に総務省から各自治体に配布された「会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアルが根拠になっています。この中には、「選考においては公募を行うことが法律上必須ではないが、できる限り広く募集を行うことが望ましい。例えば、国の期間業務職員については、(中略)再度の任用を行うことができるのは原則2回までとしている。」と記載されています。しかし、マニュアルに例示されているのは国の期間業務職員であって、自治体の非正規職員について法律上の決まりではなく、実際、4回(5年)までは更新が可能という自治体や、更新に限度を設けていない自治体もあるので、私たちは、一律に3年で公募しないように国に働きかけています。今年度公募の対象になるのは総務省発表の任用期間の上限調査から推計すると40万人にものぼると言われています。
全国で100万人を超える自治体の非正規職員数
現在、全国の自治体の非正規職員はどのくらいいるのだろうか。
総務省の発表によれば、厳しい地方財政を背景に、全国の自治体の正規職員数は、1994年の328.2万人をピークとして2020年には276.2万人と、実に52万人減になっている。一方で、2020年の非正規職員数は69.4万人 、勤務期間・時間の短い非正規職員数は43.1万人、合計すると112.5万人であり、自治体職員の3割超が非正規職員である。
「臨時」ではない職務だが、働き続けられない
総務省の資料によれば、会計年度任用職員は、一般事務のほかに、保育所、教員、給食調理員、放課後児童支援員、などの職種に広がり、私たちの生活に重要なサービスに携わっている。76.6%が女性である。
Q.自治体の非正規職員が担っているのは、短期間の任用でも問題ない仕事なのでしょうか。
瀬山氏:はむねっとに寄せられる声の中には、例えば、司書、学芸員、さまざまな分野での相談員など、それぞれの職場で基幹業務を担っている方からのものが少なくありません。職場では、非正規職員のみが、その職場の主たる業務を担当しているケースもあり、非正規職員がいなければ行政サービスが立ち行かない職場が少なくないという実態が見えてきます。正規職員は異動も多く、非正規職員なしには業務引継ができないケースも報告されています。
瀬山氏:その背景には、正規職員が減らされて非正規職員が増える中で、本来常勤の正規職員が担うべき仕事が、非正規職員の仕事になってきた経緯があると言えると思います。さらに会計年度任用職員制度の導入で任用根拠が見直され、専門性の高い職務を担当する「特別職非常勤職員」は職が非常に限定され、2016年の21.5万人から2020年には0.4万人に大幅に減り、その多くが、1年毎の任用、つまり経験の蓄積は必要がない補助的な職だという位置づけの「会計年度任用職員」に置き換えられました。本来、自治体の職員は、任期の定めのない常勤職員を中心とすることが基本とされており、非正規職員は「臨時」の仕事を担当するという建て付けですが、実際は、知識や経験が必須で、恒常的に必要な、基幹的職務の多くを非正規が担っているのが現状です。
なお続いている「官製ワーキングプア」状態
会計年度任用職員制度導入の目的には、自治体の非正規職員の適正な任用・勤務条件の確保が含まれており、自治体の非正規職員にもボーナスや退職手当が支給できるようになった。
Q.会計年度任用職員制度の導入で非正規職員の待遇改善は実現したのでしょうか。
瀬山氏:私たちの調査には、制度導入で不利益があったという少なくない数の声が届いています。「制度導入の際に勤務時間を減らされてパート扱いになった」「学校司書は8月に解雇になるので勤続年数はずっと1年未満でボーナスや退職金の支給対象ではない」「ボーナスが出るようになったが月給が減った」など、制度導入の恩恵を受けられず、中にはむしろ年収が下がったといった声もありました。専門性の高い仕事を継続して続けても正規職員のような昇級も継続雇用もみこめません。2021年6月のアンケート調査では、52.9%の回答者が、2020年度の年間就労収入が200万未満で、自活は難しい状況です。 これは、自治体職員の正職員の一般行政職員の平均年収の4~3分の1の水準です。
93.5%が「将来が不安」と感じている
Q.非正規職員は、不安定な雇用の中どのような気持ちで働いているのでしょうか。
瀬山氏:2021年6月のアンケート調査では、3人に1人が主たる生計維持者であると回答し、93.5%の回答者が将来不安を感じているという結果でした。「契約更新期の3月は、契約がつながるかと神経を病む。クビがつながったとしても、4月からは再び次の年度末の心配が始まる。」「契約の継続を左右する指定管理者が変わると不安になる」「任用枠に制限があるかもしれないと思うと、同じ立場の非正規職員の人とも仲良くできなくて辛い」「契約更新のことを考えると、職場で言いたいことが言えない」など、立場の弱い状況で先行き不安な気持ちで働いています。
瀬山氏:また「女性の地位向上を目指す施設で働いているのに非正規職員であることに矛盾を感じる」「明日は我が身の不安定な状況でいい支援をすることは非常に難しい」「2020年の制度導入の際に“公募”が実施されたが、どうしても納得できず、仕事を辞めた」といった声も寄せられています。
公務労働の分野こそ安定雇用を
Q.国や自治体に求めることは何でしょうか。
瀬山氏:まずは、本来無用なはずの「公募」の実施をなんとしても辞めてもらいたいと考えます。本来は、公務労働の分野こそ、民間に先んじて安定雇用といった労働の基本理念が貫かれる必要があるのではないでしょうか。一般の労働法では、有期労働契約が反復更新されて通算5年を超えた時は、労働者の申し込みにより期間の定めのない労働契約に転換できる「無期転換ルール」や「同一労働同一賃金」の考えがありますが、公務員には一般の労働法が適用されません。現実には、こうしたルールが守られておらず、無期転換逃れが行われていることも報道などで明らかになっていますが。本来、それを正すはずの公務の現場には、そもそも雇用安定という理念すらない状況なのです。まずは、同様の制度を公務員にも導入するなど、安心して業務にあたれる制度設計が必要です。職は続き、必要とされながらも、毎年雇止めの不安に晒すような働き方を公が認めることは許されないと思います。このままでは、人も定着せず、重要な行政サービスの継続維持も危ぶまれます。
今国会で、「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律案」が成立した。生活困難者の支援で重要な役割を担う地方自治体の職員自身が、安心して働ける環境が不可欠なのではないだろうか。また、会計年度任用職員は76.6%が女性(2020年)であり、不安定な雇用の職員自身が「困難な問題を抱える女性」と言えるのではないだろうか。